第70章 隠し通路があるのは隠したい何かがあるから。
ズカズカと華月楼の廊下を突き進む獅童。当然の事ながら、手首をしっかりと握られている葵咲も足を進める他に無い。
先程の足音の事が気になって後ろを振り返ってみるが、葵咲達を追ってきている気配は無かった。恐らく菊之丞が食い止めてくれているのだろう。だがそれ故、菊之丞の身が心配だ。葵咲(真選組)としてもこのまま華月楼から出るわけにはいかず、再び前に目を向けて獅童へと呼び掛ける。
葵咲「獅童さん!待って下さい!」
葵咲の声は獅童には届いていない。獅童は険しい顔でズンズン歩を進める。
(獅童:何なんだよ、何がどうなってんだよ!俺は…!!)
葵咲「痛っ!」
思わず葵咲の握っている手に力が入ってしまった。葵咲の痛がる声で獅童は我に返る。
獅童「あっ!わ、悪い。」
ようやく獅童の足が止まり、葵咲の手を離す。だが獅童は再び眉間に皺を寄せて俯いた。突然押し寄せる沢山の裏事実に、心が追いついていないのだろう。
信じていた者が信じられない存在となり、憎んでいた者に助けられる。知らぬ間に渦中の人物(ひぎしゃ)に仕立て上げられるが、全貌は告げられずに蚊帳の外状態。困惑するのは当たり前だ。
葵咲は何と声を掛けて良いのかが分からず、眉尻を下げて獅童の顔を見つめた。
葵咲「・・・・・。」
獅童「あいつは…菊之丞は師匠の仇なんだ。爺が俺を利用してるなんて…あるはずねぇ。きっとこれは菊之丞(アイツ)の罠だ…。」
葵咲「っ!」
真実を受け止められない獅童は、現実から目を背けようとする。闇へと引きずり込まれそうになる獅童に、葵咲は手を上げた。
――― パンッ!
獅童「!?」
突然平手打ちされ、状況が飲み込めずに目を見開く獅童。頬の痛みは後から押し寄せた。少ししてから叩かれた頬へと左手をあてる。そしてゆっくりと顔を上げて葵咲に目を向けた。
葵咲「目を覚まして下さい!頭の中でもう答えは出てるんでしょう!?」
獅童「!」
葵咲「…信じる事と、現実から目を背ける事は違います。目を逸らさないで。今、貴方を助けようとしてくれているのは松島さんじゃない。菊之丞さんです!」
獅童「・・・・・。」
葵咲の呼び掛けは獅童にしっかり届いた。獅童はその言葉を受け止め、頬にあてていた左手をそっと下ろし、きゅっと拳を作った。