第70章 隠し通路があるのは隠したい何かがあるから。
葵咲「華月楼(ここ)の花魁達も“服用してるモノ”ですか?」
菊之丞「! …いえ。ここの者達が“知らずのうちに服用させられているモノ”とは違います。」
獅童「?」
先程、牢内で食事を拒んでいた葵咲の姿を思い出す菊之丞。葵咲が何を言おうとしているのかを察し、首を横に振った。そして少し考えるように俯いた後、やはり葵咲には本当の事を言うべきだと考え直し、ゆっくりと口を開く。
菊之丞「…嫌な過去(こと)を忘れられる、そういった類のモノです。」
獅童「ケッ。結局他の麻薬と一緒じゃねぇか。要するにその場の快楽に紛らわせて忘れるっつー事だろ?」
菊之丞の説明を聞き、吐き捨てるように言う獅童。だが、それに対して菊之丞は怒るでも反発するでもなく、真剣に言葉を返す。
菊之丞「いえ、そういう意味ではありません。これが本当に実現すれば、世の為にもなると…そう思っていたのですが…。」
葵咲「・・・・・。」
最後の方の言葉は二人に向けて放ったというよりは、独り言のようだった。何か思いつめたように俯く菊之丞に、葵咲は心配そうな眼差しを向ける。それに気付いた菊之丞はハッとなって顔を上げる。その時、多数の足音が近付いてくる音が聞こえてきた。
菊之丞「! これ以上ゆっくりと話している時間はないようです。さぁ、早くお行きなさい。ここは私が上手く誤魔化しておきますから。」
獅童「っ!!」
獅童はギリリと歯噛みし、葵咲の手首をぐいっと引いてその場から逃げるように足早に歩き出した。
葵咲「!? ちょ、獅童さん!?」
引きずられるように葵咲も獅童に連れられて歩き出す。二人の背を見送る菊之丞は、何処か寂しい表情を浮かべていた。