第69章 嫌な現実からは目を背けたくなるもの。
唇を放し、葵咲をぎゅっと抱きかかえながら外を覗き見る獅童。葵咲は獅童の胸の中にすっぽりと納まっていた為、呼吸を詰まらせる。
葵咲「んーっ!んーーーっ!!」
獅童「あっ、悪ぃ悪ぃ。」
やっと獅童は葵咲を開放した。葵咲は大きく深呼吸をしてから、先程手に持っていた絵を獅童に見せる。
葵咲「これがどうかしたんですか?」
葵咲は松島の部屋から連行される際に、どさくさに紛れて取って来たのだ。絵を見て獅童は頭を下げた。
獅童「それ!俺に譲ってくれねぇか?頼む…!金ならいくらでも払う!一生掛けてでも必ず!絶対だ!だから…!」
葵咲「ちょ、顔を上げて下さい!はい。お金もいりませんから。」
そう言って葵咲は絵をすっと差し出した。顔を上げながら獅童は目を瞬かせる。
獅童「え?いいのか?」
葵咲「だって、獅童さんにとって大切なモノなんでしょう?」
獅童「っ!すまねぇ…!」
絵を受け取った獅童はそれをぎゅっと握り締めた。よほど大切な物なのだろう。葵咲は獅童へと笑顔を向けながら尋ねた。
葵咲「それが何なのか、聞いても良いですか?」
獅童「…これは俺の師匠が描いた絵だ。」
葵咲「!」
それを聞いて目を丸くする葵咲。そして獅童は押し出すように小声で言葉を放つ。
獅童「あの火事で全部無くなったと思ってたのに…なんで爺が…。」
葵咲「…それって…」
嫌な予感が頭の中を駆ける。葵咲はその予感を言葉にしようとするが、獅童は首を横に振ってそれを遮った。
獅童「いや、もうこの件について話すのはよそうぜ。」
葵咲「・・・・・。」
恐らく、獅童の頭の中にも葵咲と同じ考えが巡っているのだろう。だがそれをやめ、嫌な現実から目を背けようとしている。
葵咲はそれを指摘するべきか躊躇う。あまりに立て続けに追い詰めると心が壊れてしまうかもしれない。