第69章 嫌な現実からは目を背けたくなるもの。
獅童は考えるのをやめ、胸元を少し開けながら自身を扇ぐ。
獅童「しっかし…ここは蒸すな。」
葵咲「ホントに。汗掻いてきちゃいましたよ。」
獅童「悪ぃな。ハンカチの一つも差し出せねぇでよ。」
葵咲「いえ、お構いなく。先程松島の部屋でちょうどいい紙切れを手に入れたので。」
そう言って葵咲は袖の下から一枚の紙を取り出す。そして自らの頬に当てた。獅童はふと葵咲の仕草に目を向ける。
獅童「そうかい。…ってそれェェェェェ!!俺の!!」
思わず二度見。獅童は葵咲の手にある紙を指差しながら叫んだ。それに対して葵咲は眉根を寄せて頬を膨らませる。
葵咲「横取りなんて男らしくないですよ。」
獅童「そうじゃねーよ!絵だよ!!つか紙で汗拭くなよ!って紙切れって酷くね!?」
ツッコミどころ満載の葵咲に目を丸くする獅童。葵咲が持っていた紙とは、先程獅童が見つけた本に挟まっていた紙。綺麗な風景画だった。二人が騒いでいると、声を聞きつけた侍が再びその場に駆けつける。
「さっきからなんだ!騒がしいぞ!」
獅童「やべっ!」
この“絵”を松島の部屋から持ち出したと知られたくない。
獅童は誤魔化す為に葵咲の腕をぐいっと引き寄せる。そして葵咲の顎を取って唇を重ねた。
葵咲「んんっ!?」
濃厚なキス。獅童の舌が葵咲の口の中へと進入してきた。流石は人気ナンバーワンの花魁。非常に手馴れている。
葵咲は脳天まで痺れそうになった。二人の熱い戯れを見てぎょっとする侍。
「なっ!?こんな場所で…!これだから遊郭に出入りするような奴らは嫌いなんだ!飯はここに置いておくからな!」
侍は二人分の食事も運んできていた。サッと牢内に入れて、そそくさとその場から立ち去る。侍は二人の情事を見たくないと言わんばかりに、地下牢の入口の方まで足を進め、その姿は牢内からは見えなくなった。
獅童「ふぅ。よし、行ったな。あの様子じゃ暫くはこっちに来ねぇだろ。」