第69章 嫌な現実からは目を背けたくなるもの。
場面は葵咲達の牢内へと戻る。
葵咲は辺りを見回しながら獅童へと質問を投げ掛けた。
葵咲「遊郭ってこんな牢屋まであるものなんですか?」
遊郭自体をよく知らない葵咲は、その事を確認する。他の廓にもある物なのか、牢屋がある事が普通なのかを。
だが獅童の耳には葵咲の声は届いていない様子。何かを考え込むように眉根を寄せ、俯いていた。
獅童「・・・・・。」
葵咲「獅童さん?」
葵咲は心配そうな眼差しを向けながら、獅童の顔を覗きこむ。獅童はそこで初めて声を掛けられている事に気付き、パッと顔を上げた。
質問が届いていなかったので、先程放った台詞をもう一度言うと、獅童は牢内を見上げながら言った。
獅童「あ、ああ。折檻部屋があるっつーのは聞いた事はあったが、まさかこんな厳重な牢屋だとは思ってもみなかったぜ。…あの妙な天井裏に、この牢獄…。普通の遊郭じゃ…ねぇよな。俺が来る前から…。」
最後の方の言葉は、葵咲に話しているというよりは独り言のようだった。
獅童はこの遊郭の異様さに勘付いている。だが彼の中には信じたい気持ちとの葛藤が渦巻いているのだ。
やはり獅童を連れて来るべきではなかったかもしれないと葵咲は思った。が、今更それを言っても仕方が無い。ここに連れて来た者の責任として、葵咲は獅童へと声を掛けようとする。
葵咲「あの…」
だがそれは先程の松島の付人、侍の男に遮られた。
「貴様ら余計な詮索はせぬ事だ。折角の命を失う事になりかねんぞ?」
侍は葵咲達の話し声を聞いて注意しに来たらしい。その言葉だけを残して先程立っていた場所へと戻って行った。