第69章 嫌な現実からは目を背けたくなるもの。
獅童という頼もしい協力者を得て、いざ松島の部屋へ。
確かに獅童の言うとおり、忍び込むなら天井裏からの方が良いだろう。いくら周囲の様子を窺っていても正面から乗り込むのは危険だ。何処で誰が見ているか分からない。そもそも松島が自室の扉を無防備に鍵無しで開け放っているとは思えなかった。獅童の協力を得られた事は大きな収穫だったと言えるだろう。
獅童は天井裏に上る為、机の上に椅子を上げて天井の板を外そうとする。そんな獅童の行動を無視して葵咲は部屋の隅に置いてあった箒を手に取った。
葵咲「じゃあ早速、今から行きましょう。」
バキャァァァ!!
葵咲はいきなり箒を天井に突き刺して板を割った。
獅童「おいィィィ!何やってんだァァァ!!」
葵咲「何って、天井に入る為にはこの天井の板を外さないと。」
獅童「それは外すじゃなくて壊すだろ!」
獅童の怒りは最もだ。だが葵咲はにこやかな笑顔で手を振る。
葵咲「まぁまぁ、堅い事言わずに。」
獅童「全力で言わせてもらうわ!俺の部屋だぞ!!」
葵咲「私は今日から貴方の常客なんですから私の部屋でもあるじゃないですか。」
獅童「何処のガキ大将の理屈!?つーか今俺が板外してんだろ!俺を見ろォォォ!!」
葵咲「それ今流行の口説き文句か何かですか?」
獅童「んなわけねーだろ!この会話の何処に口説く要素があった!?脳みそ沸いてんのか!」
ツッコミどころ満載の葵咲に獅童は目が回りそうになる。葵咲は獅童のツッコミを無視して天井裏へと上ろうとするが、ふとここで頭に過ぎった懸念を問い掛けた。
葵咲「あ、そういえば誰かが部屋に来る事は?」
菊之丞の部屋に通っていた時に禿が訪れた事があった。獅童の部屋にも禿が尋ねてくる事があるかどうかが気になったのだ。訪れた時に接客中のはずの獅童と客の姿が無ければ怪しまれる。
だがこの質問に対して獅童はきょとんとした表情で首を横に振った。
獅童「いや、ねぇけど。つーかあるわけねーだろ。最中だったらどうすんだよ。」
当然といえば当然か。情事の真っ最中に度々尋ねられては萎えてしまう。いや、客が怒ってしまうだろう。
よくよく考えてみれば当たり前の事なのだが、遊郭慣れしていない葵咲はここで初めてそれに気付く。それを思えば菊之丞の部屋での出来事は不可解に感じられた。