第68章 相談する事は信頼の証。
二人は葵咲の部屋へと移動する。
葵咲はその日獅童から聞いた話をそのまま土方へと報告した。自分の意見も含めて。
葵咲「・・・・と、いうわけなんですが…。土方さんはどう思います?」
全ての話を聞き終えた土方は腕組みして眉根を寄せる。
土方「…確かに、辻褄は合うが…。それだけで犯人と決め付けるには早計だな。」
葵咲「ですよね。それに、私は菊之丞さんが放火犯だとは…どうしても思えなくて…。」
土方「・・・・・。」
眉尻を下げて視線を落とす葵咲。そんな葵咲の表情を土方はじっと見つめていた。
その視線に気付いた葵咲はパッと顔を上げて土方へと視線を合わせる。
葵咲「ごめんなさい。こんな事言うべきじゃないって事は…頭では分かってるんですけど…。」
少しの間、部屋の中に沈黙が降りる。気まずくなった葵咲は俯いてしまう。すると土方がゆっくりと口を開いた。
土方「…俺は、お前の直感を信じる。」
葵咲「え?」
否定されると思っていた。いや、叱られるとさえ思っていた。お前は潜入捜査をすべきではないと、この件から下ろされる事も覚悟していた。だからこそ、土方の言葉に耳を疑ってしまった。
葵咲が顔を上げて目を瞬かせていると、土方は至って真剣な瞳で理由を話す。
土方「確かにお前の言うとおり、潜入捜査で調査対象者に感情移入するのはご法度だ。だが、知り得た情報を機械的に並べ立てりゃ良いってもんでもねぇ。それなら聞き込みだけで十分だろ。」
葵咲「…!」
土方「潜入捜査で大事なのは実際に現場に入って、その目で見て、聞いて、体感する。対象と直に接して感じ取る事だ。直接接してみねぇと分からねぇ事はある。違うか?」
葵咲「土方さん…。」
土方の言っている事は正しい。その正しさの中に自分への信頼や思いやりも含まれている事をとても嬉しく思った。心に暖かい灯がともる。
そして土方は咥えていた煙草の火を携帯灰皿で消して立ち上がった。
土方「その火事についてもこっちで調べといてやる。」
部屋から出る為、土方は障子を開ける。そして葵咲へと振り返りながら言った。
土方「その芝居小屋の火事について、もっと詳しく聞いとけよ。」
葵咲「有難うございます…!」