第68章 相談する事は信頼の証。
全く想定外の告発に、葵咲は目を見開いて言葉を失う。決して冗談や嘘を言っている様子は無い。それは獅童の目を見れば分かった。暫く時を止めたように固まっていた葵咲だったが、喉の奥から何とか言葉を押し出した。
葵咲「うそ…。」
獅童は悔しそうな顔を浮かべ、畳の上へと視線を落として話を続ける。
獅童「結局、奉行所の連中の杜撰な捜査のせいで芝居小屋はそのまま取り壊し。借金だけが残った師匠は…全ての責任を負おうとして、自ら命を絶ったんだ。」
葵咲「そんな…っ!」
葵咲はパッと右手で口を覆う。そして眉尻を下げて、獅童の瞳をじっと見つめる。獅童は悔しそうな顔から真剣な眼差しへと変えて、葵咲に視線を合わせた。
獅童「行く宛てのない俺を拾ってくれたのは華月楼(ここ)の楼主、松島の爺さんだ。爺は何も聞かずに受け入れてくれた。それだけじゃねぇ。金貯めて、夢への目処が立ったらいつでも出て行って良いとまで言ってくれた。爺には感謝してもしきれねぇよ。だからしっかり稼いで恩返して、この華月楼を最高の廓にしてから出て行くって決めたんだ。」
葵咲「・・・・。」
葵咲は言葉を挟む事無く、ただ静かに獅童の話を聞いていた。最初は獅童の言葉の真偽を図る為に獅童の目を見ていたのだが、その言葉に偽りが無い事が分かった後は、ただただ獅童の想いを受け止めていた。獅童は次第に優しい瞳になっていく。松島の話をする獅童はとても柔らかな表情を浮かべていた。
獅童「ここも最初はなかなか軌道に乗らなかったが、日に日に売上も落ち着いてきた。そんな矢先の事だ。菊之丞(あいつ)がここに来たのは。」
葵咲「!」
優しかった獅童の表情は再び険しいものへと変わる。
獅童「アイツが来てからだよ。華月楼がおかしくなっちまったのは。楽しい歓楽街じゃねぇ。牢獄のような廓になっちまった。」
松島の話をする時とは対称的な表情を浮かべる獅童。菊之丞の事を話す獅童の表情からは憎しみが溢れ出していた。そんな獅童の中にある憎しみの楔を少しでも緩めようと、葵咲は慌てて口を挟む。
葵咲「でも、それと菊之丞さんが関係あるとは…。」
言い切れない。少し短絡的に考えすぎなのではないかと思った。だが獅童は首を横に振って険しい表情のまま続けた。
獅童「あいつが来る数日前の事だ。爺が部屋で誰かと話してる声を聞いたんだ。」