第66章 男心を掴みたいならまずは胃袋を掴め。
葵咲「ねぇ菊之丞さん、貴方は他にやりたい事があるんじゃないですか?貴方は本当は・・・・」
菊之丞「…医者、でしたよ。」
葵咲「!」
葵咲の言葉を先読みするように菊之丞が自らの事を話す。菊之丞は葵咲へと視線を合わせて言葉を紡いだ。
菊之丞「でもそれは今ではない。私はこの華月楼から離れる事は出来ない。」
葵咲「どうしてです?」
菊之丞「色々と、出られない理由があるのです。」
葵咲「・・・・・。」
きっと先程の男とのやり取りの件だ。詳しい事情は分からないが、菊之丞は話していた男に弱みか何かを握られているのでは。葵咲は決意を固めた強い瞳で菊之丞を見据える。
葵咲「私は貴方を助け出したいと思っています。この牢獄のような廓(くるわ)から。」
菊之丞「!? …何を!」
葵咲「『出られない』なんて事はないと思います。それは菊之丞さん、貴方が『出ようとしない』だけ。どんな事情があるのかは分からないけど、貴方は籠の中の鳥じゃない。自由に生きる事の出来る人間です。」
菊之丞「・・・・・。」
葵咲は菊之丞が本当の事を話してくれるよう、ここから出てくれるよう、悪事から身を引いてくれるように説得を試みる。葵咲の言葉を受け止める菊之丞。
だが一筋縄でいくはずもなく、菊之丞は葵咲に背を向けて部屋から出ようとする。
菊之丞「やはり貴女は華月楼(ここ)には相応しくない。ここは綺麗事が通じる場所じゃないんです。」
葵咲「あ…菊之丞さん!!」
そしてそのまま菊之丞は振り返る事無く、足早に立ち去ってしまう。葵咲は菊之丞の背を見つめたまま、その場に呆然と立ち尽くした。