第66章 男心を掴みたいならまずは胃袋を掴め。
話途中で退散する獅童を引きとめようかとも思ったが、この場に菊之丞がいては話を続けるわけにもいかない。葵咲は口を噤んで考え込むように俯いた。それを見ていた菊之丞は葵咲の肩に手をかけ、心配そうな顔で葵咲の瞳を覗き込む。
菊之丞「大丈夫ですか?奴が何か?」
葵咲「あ、いえ。大丈夫です。」
首を横に振り、笑顔を見せる葵咲。そんな葵咲を見て菊之丞は少し安心したように息をついた。だが今度は菊之丞が眉根を寄せ、難しい顔を浮かべる。
葵咲「菊之丞さん?」
考え込むように深く目を瞑った後、再び瞼を開けて葵咲を見据える。
菊之丞「…葵咲さん。もうここへは来ないで下さい。」
葵咲「え?どうしたんですか?急に…」
藪から棒に突きつけられた言葉に、葵咲は唖然としてしまう。訳を尋ねる葵咲に、菊之丞は背を向けながら淡々と言葉を放った。
菊之丞「先程、お弁当を頂いて思ったんです。貴女と私とではやはり住む世界が違うと。貴女と話す事にも疲れました。もう顔も見たくない。」
葵咲「!」
訳を問い詰めなくても予想はついている。先程のやり取りを見ていたから。菊之丞の話す理由は本当の理由ではない。葵咲はキッと菊之丞へ鋭い視線を向ける。
葵咲「…嘘をつかないで下さい。」
菊之丞「!」
その言葉に振り返り、目を見開く菊之丞。やはり先程の言葉は嘘のようだ。そして葵咲は核心に迫る為に本当の訳と推測される理由を言葉にした。
葵咲「貴方は私と深く関わる事を避けようとしている。私を…巻き込まない為に。違いますか?」
菊之丞「・・・・・。」
菊之丞は眉根を寄せて黙りこくったまま。その態度は肯定の意と捉えられる。葵咲は更に菊之丞の本心へと迫るべく言葉を続けた。