第66章 男心を掴みたいならまずは胃袋を掴め。
急いで密会が行なわれていた部屋から離れ、廊下を進むが身を隠すような場所がない。
(葵咲:ヤバイ!こっちに来た!逃げ場が…!!)
流石にこの会話を聞いたとなれば、仮に純粋なファンとして後を尾行(つ)けただけだったとしてもただではすまないだろう。
冷や汗を垂らす葵咲。その時、すぐ近くの部屋の襖が開いた。中から手が伸び、口を塞がれ、ぐいっと部屋の中へと引きずり込まれる。
葵咲「!」
振り返るとそこにいたのはもう一人の華月楼トップ、獅童だった。目を丸くして驚く葵咲を前に、獅童は眉根を寄せて口元で人差し指を立てる。
葵咲「獅童さん!?」
獅童「しっ。」
言われて葵咲は慌てて口を噤む。襖をさっと閉めて部屋の中で二人は息を潜めて外の様子を窺った。菊之丞と、もう一人の男は通り過ぎて行ったようだ。
獅童「…よし、行ったな。」
外の様子を窺う為に獅童は襖を開けて首を出す。そんな獅童の背に葵咲は話しかけた。
葵咲「あの…有難う、ございます。でも、どうして?」
獅童「アンタが菊の後を尾行(つ)けてるトコが見えたんでな。」
葵咲「?」
どうしてここにいるのか、どうして葵咲の状況が分かったのか、どうして助けてくれたのか…。獅童の行動全てが不思議に思った葵咲はそこで言葉を押しとどめた。獅童はニヤリと笑って葵咲の瞳を覗き込む。
獅童「アンタ…ここには潜入捜査で来てんだろ?」
葵咲「!!」
ド直球で投げられる質問に心臓を掴まれた感覚だ。まさか獅童からそんな事を言われるなんて露ほども想像していなかった。葵咲はどもりながら答える。
葵咲「そそそ、そんなこと!なっ!ないですよぉ~!!」
獅童「分かりやすゥゥゥ!!隠し事下手すぎだろ!初対面の人間でもバレるぞソレェェェ!」
一発でバレた。仕方なく葵咲は観念したようにため息を漏らす。
葵咲「どうしてそれを…。」
獅童「昨日たまたま話してるの見かけたんだよ。吉原内で不用意にあんな話するもんじゃねぇぜ。」
葵咲「・・・・・。」