第66章 男心を掴みたいならまずは胃袋を掴め。
菊之丞が出て行った後、葵咲はこっそり彼の後を尾行(つ)ける。“あの人”とは誰なのか、それが気になった。葵咲のような、ぽっと出のような客より優先な大得意様である可能性は大いにある。だが葵咲の直感が今回の事件の鍵を握る人物だと言っていた。仮に単なる常客だったとして、尾行がバレたとしても菊之丞の他の客の事が気になり、後を尾行(つ)けたと言えば言い訳も立つだろう。
菊之丞は華月楼の奥の部屋へと入っていく。葵咲はその部屋の襖の前で屈み、耳をそばだてた。中から話し声が聞こえてくる。少し襖を空けて隙間から中を覗く。
(葵咲:菊之丞さんと…誰だろう。見えない…。)
部屋の中にも襖があり、相手はちょうどその影に隠れて姿が見えなかった。だが、声色から相手は中年の男性だという事が分かる。明らかに客でも花魁仲間でもない。雰囲気や先程の禿の発言からして、楼主の部屋というわけでもなさそうだ。
「今の客に“例のサービス”は始めたのか?」
菊之丞「…いえ、まだ。」
「二回目の来店で部屋に入れたそうだな。お前にしては珍しい。お前の事だから大丈夫だとは思うが…裏切るような真似をすれば…分かっているな?」
菊之丞「・・・・・。」
(葵咲:サービス?裏切る?それって…。)
事件の核心に迫るような会話。葵咲の勘は当たったようだ。菊之丞の会話の相手が黒幕に違いない。その人物の顔を拝もうと隙間から目を凝らすと、菊之丞が立ち上がり、こちらに歩いてくる姿が見えた。
(葵咲:!?)
葵咲は慌てて立ち上がった。