第66章 男心を掴みたいならまずは胃袋を掴め。
葵咲「私、遊郭とかってよく分からなくて。綺麗な着物に身を包んで、皆輝いているんだと思っていました。最初は貴方もそうなのかなって思いました。けれど、貴方の瞳はそうは言って無くて…凄く寂しそうな方だと感じたんです。」
菊之丞「・・・・・。」
菊之丞は口を挟まずに静かに葵咲の言葉を受け止める。葵咲は今度は菊之丞の瞳をじっと見据えながら続けた。
葵咲「そんな寂しそうな顔をしてまで、どうして華月楼(ここ)にいるのか、その訳を聞きたくて、貴方と話がしたいと思いました。それが今の一番の目的です。」
嘘ではない。確かに最初は被疑者である菊之丞を調査するのが目的だった。だが今は本当に被疑者なのか、葵咲も菊之丞という人物に触れる事で疑問を抱き始めている。菊之丞は少し沈黙を落とした後、躊躇いながらも言葉を押し出す。
菊之丞「私は…好きでこの仕事をしているわけではありません。私は・・・・」
内に秘めるものを吐き出そうとしたその時、コンコンと部屋の扉を叩く音が。扉の向こうから禿が菊之丞へ呼び掛けた。
禿「菊之丞さん。少し宜しいでしょうか?」
呼び掛けに菊之丞は少し不機嫌な様子。葵咲としても折角良いところだったのに、と内心舌打ちをしたい気持ちだ。菊之丞は眉根を寄せながら扉は開けずに応答した。
菊之丞「なんです?接客中ですよ。」
禿「申し訳ありません。ですが、“あの方”が一目お会いしたいと…。」
菊之丞「!」
その言葉に菊之丞の表情は一瞬で曇る。葵咲も“あの方”というワードが気になった。菊之丞は唇を噛みながら承諾した。
菊之丞「…分かりました。すみません葵咲さん、今日はこれまでで。」
葵咲「え?」
突然の接客終了に葵咲は目を瞬かせる。
菊之丞「お弁当、ご馳走様でした。本当に美味しかったです。」
そう言って菊之丞は立ち上がり、さっさと出て行ってしまった。
葵咲「・・・・・。」