第66章 男心を掴みたいならまずは胃袋を掴め。
潜入捜査三日目。
三日目とはいっても三日連続で華月楼へと訪れているわけではない。一刻も早く解決したいのは山々だが、連日訪れるのは少し不自然だ。普通の客を装う為にも三日目以降は日にちを空けて通う事にしたのだ。
華月楼に行かない日は屯所内で普段どおりの仕事をこなす。今月分の勘定方の仕事を済ませ、約五日ぶりの華月楼。
この日葵咲はとある手土産を持って華月楼へと訪れていた。
葵咲「こんにちはー!菊之丞さんいますかー?」
菊之丞「…子供ですか、貴女は。どうぞこちらに。」
華月楼の門をくぐり、元気良く声を掛ける葵咲。まるで友達の家に遊びに来た小学生。遊郭には似合わない、そんな無邪気な子どものような態度に菊之丞は少し呆れ顔だ。
菊之丞の案内で彼の部屋へと通される。部屋に入ってすぐに、葵咲は持ってきた手土産を広げた。
葵咲「じゃっじゃじゃーん♪」
菊之丞「なんです?」
怪訝な顔を浮かべる菊之丞。葵咲の持ってきた風呂敷の中には重箱が二段。葵咲は重箱の蓋を開けて菊之丞に見せる。
葵咲「お弁当作ってきたんです。遊郭(ここ)の食事は合わないと仰ってたので、煮物とか消化の良い食事が足りてないのかなと思って。」
菊之丞「!」
遊郭の食事がどんな物かは知らないが、花魁は夜のお仕事。きっと酒が多く出る事から、酒のあてのような食事なのだろうと葵咲は考えたのだ。揚げ物等の脂っこい食事が多いのなら食欲が失せるのにも頷ける。
喉を通りやすいような豆腐、食物繊維豊富なきんぴらごぼう等、栄養配分も考えられている豪勢な弁当を前に菊之丞は目を瞬かせた。そんな菊之丞を見て葵咲は慌てて言葉を紡ぐ。
葵咲「あっ、もしかしてもう夕飯食べました?」
菊之丞「いえ、まだですが…。」
葵咲「良かった。じゃあ一緒に食べましょう。」
菊之丞「…これ全部、貴女が作ったのですか?」
結構量が多い。普段屯所の食堂で給仕も担当している葵咲はついいつものクセで多く作りすぎてしまったのだ。隊士達はおお飯喰らい。この弁当では少ないくらいだ。
葵咲は普段よりは少なめに作ったつもりだが、菊之丞の食は更に細いらしい。菊之丞は量の事を言ったのだが、葵咲は別の意と捉え、頬を膨らませる。