第65章 『お客様は神様』って台詞は店側が言う台詞。
それは葵咲の予想通りだった。菊之丞は昨日の状況を話してくれる。
菊之丞「路地裏から彼女達が立ち去った後、貴女が立ち上がるところを見掛けただけですが。負傷は不自然に庇うように歩く素振りを見れば分かります。」
葵咲「そう、ですか。」
鋭い洞察力に脱帽だ。葵咲が関心するように菊之丞の顔を眺めていると、菊之丞は何かを思い出したように立ち上がった。
菊之丞「ああ、そうだ。」
葵咲「?」
立ち上がった菊之丞は机の引き出しから昨日拾った簪の装飾品を取り出す。そして葵咲の前に差し出した。
菊之丞「これ、貴女の物でしょう?」
葵咲「え?…ああ!そうですね、私のです。」
普段簪など使わない葵咲。この簪は華月楼潜入の為の変装、兼おめかしで付けた物にすぎない。自分の物だという自覚が無い為、己の物だと認識するまでに少し時間が掛かってしまった。そして全てが繋がる。菊之丞がその場に居合わせた訳も。
葵咲「もしかして、これを届ける為に…?」
わざわざ後を追ってきてくれたのか。また華月楼に来ると、しかも菊之丞を指名すると宣言した葵咲だ。届けなくても次に来た時に渡せば十分なのに。最初聞いていた菊之丞という人物の印象とは随分違う。その事に葵咲は目を丸くした。
菊之丞「まったく、この私に届け物をさせるなんて貴女が初めてですよ。」
そういう菊之丞の言葉はテンプレどおりのツンデレキャラだ。別に届けてくれ等と頼んでないし、何なら捨てて貰っても良かったんだけど。内心そう思ってしまう葵咲だったが、一先ずその行為は素直に嬉しかった。葵咲は礼を言い、腰の傷を菊之丞に見せる。
菊之丞「やはり赤く腫れている。薬を塗りましょう。」
菊之丞はスッと立ち上がり、箪笥の引き出しを開けて薬の入った壷を取り出す。そして慣れた手つきで薬を塗った。
葵咲「あの、有難うございます。」
菊之丞「別に大した事はしていませんよ。私の責任のようなものですし。」
葵咲「この薬は?」
菊之丞「私が調合したものです。心配はいりません。」