第65章 『お客様は神様』って台詞は店側が言う台詞。
葵咲は内心、案内されたら内部調査が出来なくなってしまう、そう思った。だがこれだけの騒ぎの中心にいた為、今回はこれ以上目立った行動は控えた方が良いと考え直し、この日の華月楼内部の調査は諦めた。葵咲が静かに立ち上がると、女が再び深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。」
葵咲「良かったですね。」
葵咲は女に頭を上げるよう促し、笑顔を向けた。そんな葵咲の優しさに女も笑顔を返す。葵咲は新造の案内に従って菊之丞の部屋へと向かう。その道中、新造は興奮した様子で笑顔を向けた。
新造「さっきのカッコ良かったです!武道か何かされてるんですか?」
葵咲「えっ!?いえ、何も!」
先程の素早さと、破片を払いのけて人を庇う仕草が只者ではないように見えたのだ。咄嗟に間に割って入ってしまった為、思わず普段どおりの仕草となってしまった。だがあまり強さは表に出さない方が良いだろう。人離れした強さから警察関係者だと勘付かれる事を懸念した。葵咲は内心ヒヤヒヤしていたが、新造はそれ以上特に深く追求する事は無く、話を続けた。
新造「でも貴方も女性ですし、一人歩きの際は気を付けて下さいね。」
葵咲「?」
新造「この吉原に犯罪者が紛れ込んでるって噂があって。」
葵咲「!?」
思わぬ場面で有力情報ゲットか?葵咲は真剣な眼差しで新造の次の言葉を待った。新造は自分の持ちうる情報を葵咲へと提供した。
新造「あくまで噂ですけどね。幕府が禁じていた…何だったかな、何か法に触れたとか、一方では放火魔だとか、色んな噂が流れてて…。何が本当か分からないのですが。そもそもそれ自体嘘かもしれませんが、用心には越した事ないので。」
葵咲「・・・・・。」
新造の情報は葵咲が期待していた違法薬物の情報ではなかった。新造の言うように単なる噂に過ぎないのかもしれないが、どれも捨て置けない。葵咲が考え込むように俯いていると、それを不安がっていると勘違いしたのか、新造は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
新造「すみません、逆に怖がらせちゃいましたよね。今の話、深く考えないで下さい。」