第65章 『お客様は神様』って台詞は店側が言う台詞。
葵咲「良かった、怪我なかったみたいで。」
そこへ騒ぎを聞きつけた菊之丞が掛け付ける。
菊之丞「何事ですか!?…葵咲さん!?」
まさかその騒ぎの渦中に葵咲がいるとは思ってなかった菊之丞。驚いた様子で葵咲の横へと腰を落とす。葵咲は菊之丞の顔を見て目を丸くした。
葵咲「あれ?菊之丞さん、もうお話終わったんですか?」
菊之丞「そんな事より、血が出てるじゃないですか!」
菊之丞は葵咲の質問には答えずに、慌てた様子で葵咲の左手を取る。葵咲はその言葉を笑い飛ばした。
葵咲「平気ですよ、これくらい。舐めてれば治りますよ。」
菊之丞「いや、もの凄い出血量ですけどォォォ!?」
現在進行形でボタボタと流れ出る鮮血。か弱い女子(おなご)なら失神していてもおかしくない。それを笑い飛ばす葵咲に更に驚きながらも、今度は獅童へと顔を向け、睨みつける。
菊之丞「獅童!貴方…!!」
獅童「…っ!チィッ。」
獅童はバツが悪そうな顔を浮かべ、舌打ちをする。そして葵咲達に背を向けてその場から立ち去った。
菊之丞「待ちなさい!貴方葵咲さんに…!!」
葵咲「違いますよ。私はただこの方の頭上に破片が飛んで来たのを払っただけですから。」
大した事はない素振りを見せる葵咲。獅童を庇うわけではないが、事を大きくしたくは無い。これ以上目立った行動を取って楼主に目を付けられても困る。それに自分が間に入ってしまった事で、これ以上二人の仲が悪くなるのも嫌だった。菊之丞は葵咲の言葉に耳を傾け、フゥとため息を吐いた後、葵咲の隣にいた女へと目を向けた。その視線は至って冷たい。
菊之丞「昨日、確かに忠告したはずですが。何しにここへ?」
先程の獅童がよっぽど怖かったのか、女はまだガタガタと震えた様子で言葉を出せずにいた。それを見ていた新造が女の代わりに菊之丞の問いに答える。
新造「この方は獅童さんをご指名で…。」
菊之丞「なるほど。それが獅童が怒った理由ですね。」
「菊之丞様…。あの・・・・」
やっと口から言葉が零れ出るも、説明する程の思考は回っていない。すがるように菊之丞に目を向けるが、菊之丞の目は冷たいままだった。