第64章 面接の受け答えは準備しすぎると失敗する。
葵咲の手を引いていた菊之丞は振り返る事無く、長い廊下をズカズカと進んでいく。暫く進んだところで葵咲の方から声を掛けた。
葵咲「あの、菊之丞さん!」
その声に反応するように菊之丞は足を止めて葵咲へと振り返る。
菊之丞「まったく、貴女何を考えてるんです!?花魁の部屋に無防備に入るなど…先程どういう状況だったか分かっているんですか!?」
葵咲「・・・・・。」
あまりの剣幕にきょとんとしてしまう葵咲。目をパチパチさせて菊之丞の瞳を呆然と見つめていた。そんな葵咲には気付いていないのか、菊之丞は葵咲から視線を逸らし、深く目を瞑りながらくどくどと苦言を続ける。
菊之丞「たまたま私がすぐに接客を終えられたから良かったものの、長引いていたら今頃どうなっていた事か。もう少し自分に危機感を…」
葵咲「プッ、くすくすくす…。」
止まっていた時を再び動かしたように突如吹き出す葵咲。右手を口元に当てながら堪えるように笑う彼女に、菊之丞は苛立った顔を向ける。
菊之丞「何がおかしいんです?」
葵咲「いえ、ごめんなさい。なんで私、叱られてるのかなって。ここ遊郭でしょう?それに、貴方も花魁じゃないですか。」
菊之丞「!!」
言われて初めて自分が矛盾した事を言っている事に気付く菊之丞。その指摘に言葉を失ってしまう。
そして葵咲は笑うのをやめて、菊之丞に暖かい視線を向けた。
葵咲「フフフ、また助けてもらっちゃいましたね。危ないところを有難うございました。あと、私を叱ってくれて。」
菊之丞「叱られて何故礼を言うのですか?」
不可解な葵咲の発言に訝しい顔を浮かべる菊之丞。その問い掛けに対して葵咲は笑顔で答えた。
葵咲「だって…私の事、心配してくれたんでしょう?」
菊之丞「!」
その返しにハッとして、またもや菊之丞は言葉を失ってしまう。その様子はどうやら図星のようである。押し黙る菊之丞を見ながら葵咲は続けた。
葵咲「優しいんですね、菊之丞さんは。それに、私を客だと認めてもらえました。」
菊之丞「っ!それは貴女がそう、言い張るので…。」
どう聞いても言い訳にしか聞こえない、その取ってつけたような理由に葵咲は再び笑いを零す。
葵咲「クスクス。」
菊之丞「…ハァ。貴女といると本当に調子が狂う。」