第63章 草食系男子だって中身は獣。
菊之丞「あ、ちょっと!」
葵咲「貴方に玄関まで案内されたらここに来れないっていうなら別に案内して下さらなくて結構です。」
二人の様子を天井から見ていた土方と山崎は、今度は呆れ顔で葵咲達を見下ろす。
土方「何やってんだ、あいつは。ホントに大丈夫か?」
山崎「大丈夫じゃない気がします。」
菊之丞を振り払うようにズカズカと歩き出す葵咲。菊之丞は葵咲の後を追おうとするが、葵咲はそれをさせまいと振り返りながら突き放すような言葉を放つ。
葵咲「ついて来ないで下さい。自分で玄関見つけますんで。」
その時、ピカピカの床と足袋とが合わさって葵咲の足を滑らせてしまう。後ろを向きながら足早に歩いていた事も原因の一つだ。葵咲は滑ってそのまま後ろ向きに倒れそうになる。
葵咲「…うわっ!」
菊之丞「!」
ガシッ!
咄嗟に菊之丞が葵咲の肩を抱き、尻餅をつくのを防いだ。
菊之丞「…っと。まったく、何をやっているんですか。こんな何もない所でこけそうになる人、初めて見ましたよ。」
葵咲「あ…っ。」
左手で葵咲の肩を抱き、右手で葵咲の手を握りながら、そっと顔を覗きこんで静かなトーンで囁く菊之丞。その穏やかな声が妙に心地良い。この人がナンバーワンを張っているのにも納得がいった。間近で見る綺麗な顔に葵咲は思わず頬を赤らめてしまう。菊之丞は葵咲が真っ直ぐ立ったのを確認すると肩を抱いていた方の手をそっと離した。
菊之丞「そこまで言うのなら、別に止めはしません。来たいと言うのなら勝手になさい。玄関までは無償で案内します。」
そう言って葵咲の手を引きながらすたすたと歩き出す菊之丞。葵咲はそんな彼の背に話しかけた。
葵咲「あの。」
菊之丞「なんです?」
葵咲「さっきはごめんなさい、ついカッとなっちゃって…。」
菊之丞「!」
先程の自分の行動が菊之丞の大人な対応と比べてやけに子どもっぽく思えてしまったのだ。これでは生娘が来るような場所ではないと追い返されても仕方がない。菊之丞が振り返ると、そこには自分の行ないを恥じるように頬を指でポリポリと掻きながら俯く葵咲がいた。
そんな葵咲を菊之丞は優しい瞳で見つめていたが、すぐにフッと視線を逸らして言った。