第60章 修学旅行の夜は枕投げ。
服部はひとまず洗面所へ行き、うがいと手洗いを済ませる。その間に葵咲が食事をテーブルの上へと並べた。服部がダイニングルームに入り、二人は食事を始める。葵咲がぱくぱくと箸を進めているのに対し、服部は手を止めて葵咲の顔をじっと見つめているだけだった。その視線は今朝の訝しいものとは違っていたが、見つめられている事に気付いた葵咲はふと顔を上げる。
葵咲「どうかしました?」
服部「あ、いや、悪ィ。結婚して嫁さんが居たらこんな感じなのかとか、ふと考えちまってな。」
葵咲の質問に対して嘘偽りなく、素直に答える服部。だが言った後でその発言が、人に語るようなものではなかった事に気付く。人によってはとても気持ち悪い発言と捉えられ兼ねない。急に恥ずかしくなって頬を真っ赤に染めながら、慌てて取り繕う。
服部「…や!別に深い意味はねぇから!」
葵咲「・・・・・。」
そんな服部に対して葵咲は少し考えるように俯いた後、自分のお茶碗のご飯を一口分箸でつまみ、服部の口元へと運んだ。
葵咲「はいっ。」
服部「え?」
葵咲「あーん。」
服部「ばっ!何考えてんだよ!!」
今度は耳まで真っ赤にして慌てふためく服部。からかわれていると思ったのだ。だが葵咲は決してそういうつもりではなく、笑顔のまま続ける。
葵咲「本当の奥さんが出来た時の為の、予行演習。」
服部「ちょ!?」
葵咲が本気で“予行演習”をしようとしてくれている事が分かり、服部の鼓動は跳ねるように高鳴る。バクバクと叫ぶような心臓を落ち着かせるように少し冷静になって考える。正直、葵咲は自分の好みのタイプではないが、これはまたとない機会だ。これから将来(さき)、こんな甘いシチュエーションは訪れるのだろうか、と。
可能性は極めて低い…。嫌がる本人に無理矢理強要させてるわけでもなし、ちょっとくらい甘えても罰は当たらないのでは?色々と考えた末、葵咲の厚意に甘える事にした。服部は一つ咳払いをして口を開く。
服部「・・・・ゴホン。あー…。」
甘い新婚生活(予行演習)が始まろうとしたその時、服部は何かの気配を感じ取った。そしてその者が発する気が殺気と分かり、慌てて窓の方へと鋭い視線を向ける。即座にその場に立ち上がり、葵咲を庇うように彼女の前に手をかざした。
服部「殺気!?伏せ…っ!!!」
ドガシャァァァン!!