第56章 優しさは時に相手につけこまれる。
報告を行なった翌日。
再び葵咲の様子が怪しくなる。葵咲は何か思いつめたような暗い表情を浮かべて屯所を出る。勿論、山崎はその後を尾(つ)けた。葵咲は人目を気にしながら人気のない方向へと歩を進めてゆく。
辿り着いたのは歌舞伎寺。寺と言っても現在運営はされていない廃寺だ。当然の事ながら人気は全くなく、寄り付くモノと言えばお尋ね者や野良猫くらいだろう。
この寺で浪士達が密談を行なっているとの通報を受けた事もあるが、何せ人気のない廃寺。目撃情報は不確かなものだった。
以前、銀時が猫の姿になり、ホウイチと共闘した際にボス猫制度は廃止された(コミックス32巻275訓参照)。野良猫達はかぶき町を自由に闊歩し、この歌舞伎寺も例に漏れることなく野良猫たちの住処となっている。彼らが唯一の確かな目撃者だ。
山崎は野良猫と会話を交わせればどれだけ情報収集が楽だろうか、などという考えを頭に過ぎらせた。
山崎は葵咲の後姿を眼で追い、少し離れた繁みに身を隠しながら様子を窺う。そんな山崎の頬に一筋の汗がつたう。
(山崎:ん?あれは・・・・!)
「また、ここに来たのか。」
葵咲「!」
廃寺の中から出てきたのは桂小太郎だった。桂は真剣な眼差しを葵咲へと向けて話す。どうやら人違いなどの類ではないらしい。葵咲と桂は視線を合わせてその場に立っていた。
(山崎:桂!!やっぱり…っ!!)
予測はしていた事だった。だが、やはり信じられないという気持ちと、信じたくないという気持ちが、山崎の胸中をかき混ぜる。
山崎が悔しそうな表情を浮かべ、下唇を噛んで二人を見つめていると、桂が静かに口を開く。だが次に聞こえてきた台詞は、山崎の想像していないものだった。
桂「もうここには来るなと言ったはずだ。」
(山崎:!?)