第56章 優しさは時に相手につけこまれる。
ガシャーン!!
植木鉢はバルコニーから落下し、地面へと叩きつけられる。
間一髪、山崎が葵咲を押し倒すようにして庇った為、葵咲に怪我は無い。山崎が気付いていなければ葵咲は致命傷を負っていた事だろう。
突然の出来事で葵咲の思考は停止する。現状を把握するのに少し時間が掛かった。
押し倒された葵咲はゆっくりと上体を起こし、その場にいるはずの無い山崎の存在に目を丸くした。
葵咲「退君!?どうしてここに…!」
山崎「そんな事より怪我は無い!?」
葵咲「う、うん。私は大丈夫…。退君の方が…!」
葵咲の視界に入ったのは山崎の右手の甲。葵咲を庇った際に下敷きとなり、擦りむいてしまったようだ。山崎は傷を隠すように左手で覆った。
山崎「これくらいどうってことないよ。」
それは少し強がりにも見えた。どうやら擦りむき方が悪かったらしい。結構な出血量である。そんな山崎の様子を見た八百屋の女性は慌てた様子で言葉を掛けた。
「大丈夫ですか!?ちょっと待ってて下さい、救急箱ありますから!消毒液と絆創膏持ってきますね!」
山崎「すいません、有難うございます。」
葵咲「・・・・・っ。」
葵咲は言葉にならないといった様子でただただ植木鉢の落ちた先を見つめていた。
その青ざめた表情は、何か理由を察しているように見えた。