第56章 優しさは時に相手につけこまれる。
「別に大した話じゃないよ。よくある話さ。日々の食い物も調達出来ない、哀れな連中に食べ物を恵んでやってんだよ。」
山崎「!」
その言葉だけで全てが繋がる。葵咲のここ最近の不審な行動と、葵咲と攘夷浪士との繋がりが…。
山崎は確信を得たように目を見開き、確かめるように言葉を返す。
山崎「つまり、彼女が食費を負担してるって事ですか?」
「どういう成り行きか、私も詳しい事情は知らないけどね。アンタ、あの娘(こ)の知り合いかい?」
山崎「あ、いや、俺は…。」
調査と憶測に夢中になって油断していた。突然の自分に対する質問に、しどろもどろになってしまう。ここで自分の素性を知られるわけにはいかない。万が一、真選組が葵咲の事を嗅ぎ回っているという事が葵咲本人や彼女と繋がりのある浪士に知られようものなら、折角の調査が水の泡になってしまう。
だが、そんな山崎には構わず、魚屋の夫人は少し悲しそうな表情を浮かべながら言った。
「アンタからも何とか言ってやってくれないかい?こっちは迷惑してんだ。奴らに住み着かれて、ここいら一帯をデカイ顔して歩かれてさぁ。」
山崎「・・・・・。」
夫人は山崎の素性を確認しているわけではなかった。ただ、その説得が望める相手なのかどうかを見極めたかっただけなのだ。それは夫人の顔を見ればすぐに分かった。山崎が言葉を失っていると、夫人が続ける。
「あの娘が…悪いんじゃないってのは分かってるんだけどね。あの娘の良さは知ってるから…。だから、私からはどうしてもあれ以上言えなくてね…。」
山崎「・・・・ちなみに彼女が面倒見てるのは、どんな奴なんですか?」
「どんなって…いっぱいいるからねぇ。」
山崎「いっぱい!?」
頬に手を当てて考え込むように空(くう)を仰ぐ夫人。その数を確認しているようだ。想定外の夫人の返しに山崎は驚いた。山崎は引き続き詳しい情報を引き出そうとするが、夫人は別の男性客に声を掛けられてしまう。
「おーい!おばちゃん!この魚いくら?」
「はいはーい!…悪いね。今仕事中だから。」
これ以上引き止めては営業妨害になる。それに、あまり下手に食いつけば不審がられるだろう。そう思った山崎は一先ず、この場を立ち去る事にした。