第56章 優しさは時に相手につけこまれる。
自分の申し出を受け入れてもらえた事に、葵咲は申し訳なさそうな顔をしながらも深々と頭を下げる。
葵咲「本当にご迷惑お掛けしてすみません。では…。」
それ以上は特に何も言わずにその場を立ち去ろうとする葵咲に、夫人は心配そうな視線を送りながら言葉を掛けた。
「待ちなよ。どういう繋がりかは知らないけどね。あんまり深入りするのは良くないよ。」
葵咲「・・・・・。」
夫人の言葉を聞いて葵咲は再び足を止める。夫人が自分の事を心配して掛けてくれた言葉だという事が分かった。
だが葵咲は振り返らず、その場で深く考え込むように、ただ俯くだけ。そんな葵咲を見て夫人は更に言葉を続ける。
「そんな事して何になるってんだい?奴らのためになんてならないよ。それに、奴らはアンタを下に見て、ただ利用してるだけさ。」
葵咲は夫人の言葉を受け取り、深く目を瞑る。そして一呼吸置いてから小さな声で言葉を返した。
葵咲「…そんな事…分かってます。」
「だったら…。」
葵咲「でも…放っておけないんです。」
「・・・・・。」
重く鈍い光を放つ葵咲の瞳。そんな固い使命感を背負ったような葵咲の瞳を見て、夫人は言葉を返せなくなる。
その場に少し沈黙が下りたが、それ以上何を言っても平行線だと悟った夫人は、自らが折れるように言った。
「まぁ…私からはこれ以上は言えないけどね。忠告はしといたよ。」
葵咲「…有難うございます。」
軽く会釈をし、葵咲はその場を立ち去った。
葵咲の姿が見えなくなった事を確認してから、山崎は夫人へと声を掛ける。
山崎「あの。」
「はい、いらっしゃい!」
山崎「先程の女性とのやり取り、詳しい話を聞かせて貰えませんか?彼女はいったい…?」
急に話を振られて一瞬驚いた表情を見せた夫人だったが、やり取りを見て不思議に思った為の問い掛けだと勝手に思い、山崎からの質問を特に不審がりはせずに答えた。