第55章 自分の事は案外自分よりも他人の方がよく分かっている。
近藤は二人の決闘に見入っていた。そしてフェアじゃないその闘いに、もどかしい思いを抱え、土方を不憫に思った。
近藤「このままじゃ圧倒的にトシが不利だ…。せめて互角に戦えるようにしてやりてぇが…。なぁ葵咲、どうすれば…。あれ?葵咲?」
葵咲に同意を求めて隣に目を向ける近藤。ここで初めて、隣にいたはずの葵咲の姿がない事に気付いた。
一方、決闘の方は更に土方にとって不利な状況となっていた。なんと、総悟はいつの間にか自動で雪玉を投げる機械を導入しているのである。バッティングセンターの玉を出す機械を想像してもらえれば良い。総悟は労せずして攻撃を仕掛けていた。
総悟「ひーじかーたさーん。全然攻撃してくれないじゃねぇですかぃ。そんなんじゃこっちはつまんないですよ~。」
土方「おいィィィィィ!!流石にそれは反則だろォォォォォ!!」
山崎「いえ、機械を導入しちゃいけないってルールはないので。」
土方「ホンット使えねー審判だなオイ!!」
土方が激昂するのも無理のない話なのだが、またもや山崎は平然とした様子で試合続行を促した。
こうなってしまっては頼れるのは己のみ。何とか今の状況を打破しようと反撃を試みて雪の壁から顔を出す土方。総悟の方へと視線を向けようとしたその時、驚くべき光景が視界の隅に入り込む。
土方「ん?あれは…!」
葵咲「も、もうちょっと…。」
橋の欄干から身を乗り出して近くの木の枝へと手を伸ばす葵咲の姿を見つけたのだ。
木は河川敷に生えており、ちょうどその枝葉が橋の近くまで伸びてきている。葵咲の伸ばす手の先には枝葉に引っ掛かった風船があった。
泣いていた子どもは河川敷で風船を握りしめながら遊んでいた。だがその時、うっかり手を離してしまい、風船が風に乗って木の枝に引っ掛かったのだ。その話を聞いた葵咲は、欄干から身を乗り出して風船を取ってあげようとしているのである。
葵咲「もうちょ・・・・っと!?うわァァァ!!」
風船へと手が届いたその瞬間、欄干を握っていた手が滑り、体勢が崩れてしまった。葵咲の叫び声を聞き、近藤はようやく彼女の置かれている危機的状況に気が付いた。
近藤「え?…なっ!葵咲!?」
慌てて近藤が葵咲のもとへと駆け寄って手を伸ばすが一歩遅く、葵咲は風船の紐を握ったまま下へと落下した。