第55章 自分の事は案外自分よりも他人の方がよく分かっている。
二人の男が一人の女を賭けて争う、女子の憧れのシュチェーションのひとつだ。そんなシチュエーションでよく発せられる台詞を、この場を借りて言ってみたのだった。だがそんな葵咲の叫びは二人には届かず、闘いは土方劣勢のまま続けられる。
土方「くそっ、総悟のやつ…!!」
このままでは何の反撃も出来ずに決闘の勝敗が決まってしまう。どうしたものかと土方は頭を巡らせた。そして葵咲もまた、正気に戻って考えを巡らせる。
(葵咲:土方さん…、そーちゃん…。私はどうしたら…。)
自分が曖昧な態度を取ってしまったばかりに招いてしまったこの事態。葵咲は罪悪感に苛まれていた。始めからきっぱりと断っておけばこんな事にはならなかったはず…。その後悔の念が襲い掛かる。
(葵咲:私はもう、誰も…誰も好きになるべきじゃないんだ…。“また”大切な人を巻き込んでしまう、傷付けてしまう・・・・。)
想い出すのは遠い日の記憶。忘れたくても忘れられない、忘れてはならない…過去の出来事。以前、田中古兵衛に言われた“疫病神”という言葉が頭の中で木霊した。暗く深い闇に取り込まれそうになる葵咲。葵咲は眉根を寄せ、暗い顔で俯き、橋の欄干の上できゅっと拳を握り締める。
その時、近くで子どものすすり泣く声が聞こえてきた。
「ぐすん、ぐすん…。」
葵咲は泣きじゃくる子どもの傍へと駆け寄り、声を掛けた。
葵咲「ぼく、どうしたの??」
子どもは目を擦りながらスッと人差し指を立てて、とあるモノを指差す。葵咲はその指差す方へと目を向けた。
葵咲「?…あ。」