第54章 何も訊かないでいてやる事もひとつの優しさ。
総悟に引きずられるようにして訪れた場所、それはホテル街だった。勿論単なるビジネスホテル等ではない。ラブホ街である。
葵咲「あのっ!こ、ここらへんって…!!」
流石の葵咲も、この辺り一帯がどういう場所なのか知っている。知っているが故に顔を真っ赤にし、総悟の足を止めようとして引っ張られている腕に力を入れるが、総悟の足は止まらない。
暫く引きずられるように歩いたところで、総悟はようやく足を止めた。
総悟「葵咲。」
葵咲「え…?」
総悟は葵咲の腕をぐいっと引き、ホテルの入口の壁へと押し付ける。そして半ば強引に唇を重ねた。
葵咲「っ!!!!!」
総悟の舌が葵咲の唇を割って進入してくる。強引なようでいて、その半面、キス自体はとても優しく柔らかなものだった。その甘い口付けに頭が痺れそうになる。
息が止まりそうになるぐらい、暫くの間濃厚な口付けを交わした後、ようやく総悟は唇を離した。
葵咲「ちょ!なっ!なんで…っ!!」
総悟「デートといやぁキスくらいするでしょ?」
葵咲「だっ!だからって…こっ、恋人同士でもないのに!!」
葵咲は耳まで真っ赤に染めながら、唇を拭うような仕草で右手の甲を口へと押し当てた。総悟は葵咲とは目を合わせず、俯きながら言葉を放つ。
総悟「…葵咲。あの時俺に言った台詞、覚えてますかぃ?」
葵咲「? あの時?台詞??」
それが“いつ”の、“どの”台詞を指すのかが分からず、葵咲は眉根を寄せる。総悟は顔を上げ、葵咲へと真剣な眼差しを向けた。
総悟「俺か土方さんか…、『どっちが大切かなんて選べない。どっちも大切な仲間だ…。』って言葉。」
葵咲「!」