第54章 何も訊かないでいてやる事もひとつの優しさ。
その小箱は綺麗にラッピングされていて、リボンもついている。“ソレ”が何であるか、総悟はすぐに分かった。
総悟「…!」
葵咲「今日、バレンタインデーだよね。それで今日にこだわってたんでしょ?」
総悟「あっ。いや、そ、そういうわけじゃ…!」
実は図星の総悟。だがそれを面と向かって指摘されると何とも恥ずかしいものである。“バレンタインデーに拘って今日という日を選びました”、なんて、まるで子どもではないか。子ども扱いを嫌がる態度と矛盾している事に自分でも気付き、咄嗟に葵咲の言葉を否定してしまったのだ。
だが葵咲は予想だにしない変化球を投げてくる。
葵咲「そんなにチョコレート好きだったんだね。言ってくれればいつでも買っとくのに。手作りが良かったら作るし。」
総悟「いや、そういうわけじゃねぇです。」
思わず真顔に戻る総悟だった。そんな総悟を見て、葵咲はクスリと笑みを零した後、総悟の手からひょいっと手渡したチョコの箱を取り上げる。
葵咲「じゃあコレはいらないか。」
総悟「あっ!いや!いりやす!!」
葵咲「クスクス。はい、どうぞ。」
総悟「・・・・・。」
再びチョコの箱を受け取り、総悟は何かを考え込むように箱をじっと見つめる。
そして意を決したように顔を上げ、真剣な眼差しを葵咲に向けた。
葵咲「?」
総悟「葵咲、ちょっと着いて来て。」
葵咲「え?ちょ、総悟君??」
総悟は突如、葵咲の手を引いて足早に歩き出した。