第54章 何も訊かないでいてやる事もひとつの優しさ。
全ての展示を見終え、二人は記念館を後にする。
屯所を出た時には晴れ渡っていた空は曇り、雪がパラパラと降り始めている。降り注ぐ雪は牡丹雪。この様子だと数時間もしないうちに積もることだろう。
門を出たところで葵咲は足を止めた。それにつられて総悟も足を止める。二人は向き合う形となり、葵咲は総悟の目をしっかり見て感謝を告げた。
葵咲「今日は付き合ってくれて、本当にありがとう。」
総悟「いや。俺の方こそ。」
当初思い描いていた理想のデートとは大きくかけ離れてしまったが、これはこれで悪くないと思った。いや、むしろこっちの方が良かったかもしれない。楽しい想い出のデートではないが、心に深く刻まれる想い出となるだろう。
まぁ今の総悟にとっては葵咲の心に残るかどうかよりも、普段は見ることの出来ない、葵咲の一面を見られた事が何よりの収穫だった。自分だけが知っている葵咲、まるで葵咲を独り占めしているようなその感覚が嬉しかった。
そして葵咲は笑顔を零しながら続ける。
葵咲「お陰でちょっと…向き合えた。」
総悟「葵咲…。」
葵咲「あ…ううん、気にしないで。ごめん、変な事言って…。」
総悟「・・・・・。」
少し寂しそうな表情を浮かべる葵咲を見て、総悟は胸がきゅっとなる。こういう時にはどんな言葉を掛ければ良いのか、分からずに総悟は言葉を失ってしまう。葵咲の欲っする言葉を見つけられずにいる自分がもどかしく思えた。
少し眉根を寄せる総悟をよそに、葵咲は何かを思い出したように、持っていた巾着袋から小さな小箱を取り出した。
葵咲「あ、そうだ。…これ。」
総悟「ん?」