第54章 何も訊かないでいてやる事もひとつの優しさ。
葵咲は悲しげな表情で、とある記述を真剣に読み込んでいた。総悟は葵咲の視線の先に目を向け、何かに気付いたように目を見開く。
総悟「・・・・!」
総悟の視線に気付いた葵咲は、ふと我に返ったように総悟の方へと目を向け、言葉を返す。
葵咲「あ、ごめん、聞いてなかった。何?」
総悟「いや。何でもねぇですよ。」
総悟は首を横に振り、微笑み返した。
(総悟:そうか、葵咲は吉田松陽の…。)
葵咲が読み込んでいたのは、吉田松陽についての記述だった。それを見て総悟は、葵咲がこの場に訪れたいと言っていたワケ、なかなか足が向かなかったというワケを悟る。
家族の死は何年経っても簡単に受け入れられるものではない。それは総悟にもよく知っている気持ちだ。総悟も大切な姉を…失っているから。
だからこそ、葵咲の気持ちが痛いほどに分かった。葵咲は総悟の様子を見て頭に疑問を浮かべるが、その言葉を素直にそのまま受け取った。
葵咲「? そう??」
総悟「ゆっくり見てくだせぇ。」
葵咲「うん、ありがとう。」
それ以上二人は言葉を交わすことは無く、静かに館内を見学した。
総悟が何も言わずにただ付き添ってくれる事が、ただ隣で手を握っていてくれる事が、葵咲にとっては何よりも心強かった。ただそれだけで安心して拝観する事が出来た。