第54章 何も訊かないでいてやる事もひとつの優しさ。
そんな総悟を見て葵咲はクスリと笑いを零す。笑われた事に少しムッとして総悟が再び葵咲をちらりと見やる。拗ねたような子供っぽい顔を見て、葵咲は思わず大声で笑い出した。楽しそうに笑う葵咲を見た総悟は安心したようにフッと息を漏らす。そして葵咲の笑いにつられて一緒に笑った。葵咲の中に張り詰めていた緊張が一気にほぐれた。
ひとしきり笑いあった後、葵咲はふと頭を過ぎった考えを言葉にした。
葵咲「あ、お金…。」
総悟「いらねぇ。」
そう言って総悟は葵咲から目を逸らし、記念館の入口へと足を動かす。手を繋いでる葵咲もそれに引かれて一緒に歩き出す。ぐいっと引っ張られて最初は足がもつれそうになる葵咲だったが、歩幅を合わせて総悟に追いつく。
そして半歩後ろから声を掛けた。
葵咲「えっ。でも…さっきもお昼ご飯代、出してもらったし…。」
立て続けに支払ってもらうのは申し訳ない。そういう思いからの遠慮だったのだが、総悟うけとるがわの考え方によっては、またもや“子ども扱いされた”と捉えるかも。その考えが過ぎった葵咲は、言葉尻を噤んだ。
そんな葵咲に振り返りながら見せた総悟の顔はふくれっ面ではなく、呆れたような顔だった。総悟は少しため息を漏らしながら言葉を返す。
総悟「デートなんですぜぃ。ここは男の俺に格好付けさせてくだせぇよ。」
葵咲「!」
それもそうだ。総悟じゃなくても同じ言葉を返されたことだろう。そう思った葵咲は素直に総悟の言葉を受け取る事にした。
葵咲「…クスッ。うん。ありがとう。」
微笑みながら言葉を返す葵咲。だがそれを見て総悟はまたムッと眉根を寄せる。
総悟「今、また笑いやしたね。」
葵咲「えー?気のせいじゃない?クスクス。」
『ここは男の俺に…』といった総悟は男らしく、頼れる存在に見えたのだが、それはほんの一瞬の事。すぐにまた拗ねる総悟を見て、やっぱりまだまだ子どもだと思った葵咲は、思わず笑ってしまったのだった。
総悟「…めちゃくちゃ笑ってるじゃないですか。」
隠す事無く笑い続ける葵咲を見て、総悟は拗ねる事がバカらしくなり、今度は深いため息を漏らした。