第54章 何も訊かないでいてやる事もひとつの優しさ。
総悟「うわっ、冷たっ!そりゃ顔も青ざめるわけだ。」
総悟が葵咲の手を握ったのだった。葵咲は慌てて総悟の手を振り払おうとするが、ぎゅっときつく握られていて振りほどけない。照れたように頬を染めながら、眉尻を下げて総悟を見上げる。
葵咲「ちょっ!総悟君…!」
総悟「こうしてれば寒くねぇでしょ?身体も心も。」
葵咲「!」
総悟は何も訊かなかった。葵咲が走り出したワケ、金平糖を見て青ざめてしまったワケも、何も。
総悟の柔らかな笑顔を見て、その優しさが葵咲にじわりと伝わってきた。
葵咲はきゅっと唇を噛んだ後、すぐに笑顔を作った。
葵咲「…うん。ありがと。」
総悟「じゃあ、入りやしょう。」
葵咲はコクリと頷き、総悟の手をきゅっと握り返した。
二人はゆっくりと歩き出す。そして葵咲がチケット売り場の方へと足を向けようとすると、総悟は葵咲の手をきゅっと引っ張り、入口へと向かうよう導いた。
葵咲「? あの、入館チケット買わないと。」
チケット売り場を指差し、入館チケットを買うよう促す葵咲。そんな葵咲にちらりと目を向けて足を止める総悟。総悟は左手を懐へと突っ込み、ゴソゴソと2枚の紙切れを取り出した。
総悟「はい。」
葵咲「え?」
さっと差し出されたのは、攘夷戦争記念館の入館チケットだった。目を丸くしてチケットを見つめる葵咲。数度目をパチパチとさせた後、再び総悟を見上げる。
葵咲「チケット、買っててくれたの?」
その準備の周到さに感心してしまう葵咲。総悟が前日までに行先を決めて欲しいと言っていたワケが分かった。今回のデートで少しでも葵咲の好感度を上げたくて前日から準備していたのだ。
いや、好感度を上げる為、なんて打算的なものじゃない。普段の総悟ならそんな打算的な考えもあるだろうが、この時は単純に葵咲の喜ぶ顔が見たかった。ただ、それだけだった。だがそれ故に逆に恥ずかしいという気持ちで押し潰されそうになる。
葵咲「…有難う。」
葵咲のその言葉が、追い討ちを掛けるように総悟を恥ずかしさで追い詰める。こっ恥ずかしさで顔から火が出そうになった。慣れてなさすぎる。自分らしくない。打算なく素直な気持ちで今までそんな事をした事が無い。どんな顔をして葵咲を見て良いのか分からず、総悟は耳まで真っ赤にして葵咲からバッと目を逸らした。