第53章 相手の承諾を得るのに必要なのは粘り強さ。
その日は二十日支払いの会計処理を行なうつもりでいた。支払いまでにはまだ余裕があるのだが、今一番隊に所属している彼女は、いつ何時自分の身に何が起こるか分からないと考えており、大事な事務処理等は前倒しで行なうよう心掛けているのである。
だが、そんな葵咲の申し出を総悟はきっぱりと跳ね返す。
総悟「休んでくだせぇ。」
葵咲「え。日曜じゃダメなの?確か総悟君も日曜休み…」
まさかそんな返しがくるとは思ってなかった。目をパチパチさせながら言葉を返す葵咲だったが、最後まで言い終わらないうちに総悟が力強い口調で言葉を継ぎ足した。
総悟「土曜で。俺が有休申請出しときやすから。」
押し切られる形でデートの日程が決定してしまった。そして総悟はこれ以上何かを言われる前にと、すっと立ち上がり、逃げるように食堂の出口の方へと歩いていった。
葵咲「え!?ちょ!そーちゃん!?」
こういう咄嗟な場面では人間、言い馴染んだ呼び名が出るものだ。最近は気を付けて“総悟君”と呼んでいる葵咲だが、長らく呼んでいた“そーちゃん”という呼び名が出てしまった。
そして葵咲も思わず立ち上がり、総悟を引き止めようとして右手を前に出す。
そんな葵咲の呼び掛けに反応するように、食堂の入口で総悟は足を止めた。やっと言葉が届いたのか、そう思ってほっと笑みを零す葵咲だったが、そうではなかった。総悟は何かを思いついたように顔を上げて振り返り、葵咲に目を向けて言葉を放った。
総悟「あっ、行きたい場所とか気になる店とかも考えといてくだせぇ。前日までに教えてもらえれば良いんで。じゃ。」
葵咲「え?あの、待…っ!!」
総悟はただ自分が言い忘れた言葉を残しただけだった。強引にデートを取り決められ、その場に取り残された葵咲は呆然と立ち尽くす。そして、う~んと唸りながら頭を掻いた。