第44章 生い立ちや立場が違っていれば思想も変わる。
だが近藤がその先を言う前に、葵咲が首を横に振って言った。
葵咲「…田中は…他の攘夷志士達とは違う気がします。」
近藤「?」
葵咲「国を変えたいとか、幕府を討ちたいとか、そういう想いで動いているんじゃないような気がします…。」
近藤「…そうかもしれんな。」
葵咲「・・・・・。」
確かに近藤の言うとおり、古兵衛は葵咲(じぶん)に固執していると思う。だが、近藤の言う理由ではない気がする。そんな上っ面な理由ではない思念があるように思えたのだ。
葵咲は古兵衛と深い関わりなどない。だから余計にその理由が分からない。
葵咲が眉根を寄せて悩んでいると、近藤が葵咲を安心させるように優しい言葉をかけた。
近藤「まぁそう難しい顔するな。大丈夫だ。何が目的でも関係ねぇ。奴にも高杉にもお前を奪わせたりはせん。俺達が守ってやる。必ずな。」
葵咲「近藤さん…有難うございます。」
やはり近藤が傍にいてくれて良かった。葵咲はそうしみじみと思った。眉間のしわが取れて自然と顔がほころぶ。その顔を見て近藤も安心したように微笑を零した。
そしてふと思い浮かんだ疑問を葵咲にぶつけた。
近藤「それはそうと、吉田松陽殿とはどういう人だったんだ?」
葵咲「え?」
突飛な話の内容に、葵咲は思わず目を瞬かせる。
それを見て近藤は自分が不躾な言葉を放ったのだと思い、慌てて言葉を継ぎ足した。
近藤「あ、いや。別に身辺調査をするわけじゃないんだ。ふと、どんな人物だったのか気になってな。教え子でない田中古兵衛や河上万斉を始めとする浪士達にも高杉のような攘夷の念が伝わっている。本当に影響力のある素晴らしい方だったんだろう。」
嫌味などではない。近藤は本心からそう思って“素晴らしい方”と言ったのだった。
その想い、思念は松陽から高杉へ、そして高杉から他の志士達へ…。受け継がれる想いの強さは偉大だと思ったのだ。