第29章 身近な人であるからこそ、知られたくない事もある。
一方、先行している近藤、土方、山崎の三人。
三人はどんどんビルの階段を駆け上がっていた。
このビルの下の方の階は小さな窓しかなく、隣のビルへと飛び移れそうになかったのだ。隣接したビルとは言え、その距離は十メートル近くはある。走り幅跳びの要領で飛び移らなければ渡るのは難しいだろう。
そして階は五階へと差し掛かる。階段を駆け上がっている最中、ふとそこにあった窓の外に目を向けると、隣のビルの一つ上の階に葵咲と高杉の姿を見つける事が出来た。
近藤「あれは!葵咲ァァァァァ!!」
土方「市村!!」
思わず呼びかけてしまう近藤と土方。声を聞き、葵咲は振り返る。特に驚く様子などはなく、見下ろすようにして冷ややかな視線を送った。
葵咲「罠だと分かっててわざわざ来たの?ご苦労様。」
近藤「葵咲!馬鹿な真似はやめろ!全部聞いたぞ!お前が…」
近藤は葵咲の説得を試みた。だが全てを言い終わらぬうちに、その言葉を遮るように葵咲が口を挟む。
葵咲「勘違いしないで。アンタ達と前面からぶつかるより、こうした方が効率が良いって思っただけだから。」
そう言われてしまっては近藤も次の言葉を繋げられない。次に何をどう話すべきかと近藤が考えを巡らせて押し黙っていると、葵咲の横にいた高杉が不敵な笑みを浮かべながら言葉を挟んだ。
高杉「クククッ。鬼の副長さんよォ。アンタ、こいつを真選組から追い出そうとしたらしいな?」
土方「…だったらなんだ。」
“追い出そうとした”というのは、恐らく土方が葵咲を気遣って提案した、“今なら寿退社等で誤魔化してやる”、その件だろう。
葵咲は真選組を出て高杉のもとへと訪れた際にでも、高杉に『真選組はどうした?』とでも聞かれたのではないか。その際に、寿退社で対処してやると追い出されたと告げたのだろうと土方は勝手に解釈した。