第111章 酒を酌み交わす事の意義。

思わぬ返しに葵咲は目を瞬かせる。他にどんな理由が？検討がつかない。
葵咲がきょとんとしていると、松本は袖の中で腕組みしながら言葉を紡いだ。


松本「多かれ少なかれ、彼は私の裏の行ないに気付いていたようですから。少しでも多くの女性を救う為に。私から客を奪っていたんですよ。」

葵咲「！」


そんな理由があったなんて思ってもみなかった。だが松本に言われてすんなり腑に落ちるものもある。当時は一郎兵衛という人物を知らなかったが、彼という人柄を知った今では容易に理解出来た。

葵咲は驚きながらも納得したように頷く。そんな葵咲の姿を見ながら松本は続ける。


松本「きっと貴女の事もそう。私に関わる事で貴女が何らかの事件に巻き込まれるかもしれないと思って、貴女を奪おうとしたんです。彼は強引な性格ですが、無理矢理貴女を押し倒したりはしなかったでしょう？」

葵咲「そういえば…。」


迫られはしたが、無理矢理押さえ込まれたりはしなかった。葵咲が拒絶の姿勢を見せている時には葵咲の返事を待ってくれていた。その事を思い出す。


松本「噂には尾ひれが付いてますけどね。合意していない女性を無理矢理手篭めにした事はないはずです。」

葵咲「そう、なんですね。」


一郎兵衛に対する見方が変わる。勿論、華月楼を出た後の彼との絡みで、彼が横暴な人間ではない事、頼れる兄貴肌の人間である事は知っている。だが更に奥深くまで一郎兵衛という人物を知れた気がした。嬉しくなった葵咲は自然と温かな笑みが零れる。

二人がそんな会話をしていると、少し離れたところで月詠の相手をしていた一郎兵衛が大声で叫んだ。


一郎「おい菊！テメー余計な事言ってんじゃねーよ！！」

松本「ああ、すみません。お酒が入っていてつい。」

一郎「嘘吐けェェェェェ！！素面の時と変わらねーじゃねーか！！」


顔を真っ赤にして怒鳴る一郎兵衛。そんな彼の顔を葵咲はじっと見つめる。


一郎「っ！」