第111章 酒を酌み交わす事の意義。
バツの悪そうな顔を浮かべる一郎兵衛に対し、松本は大人な対応で返した。
松本「別に大した話はしていませんよ。私が華月楼から出て真選組に入る事が出来た御礼を言っていただけです。」
穏やかな返しを受け取った一郎兵衛もまた、柔らかい笑顔を浮かべる。そして目を瞑りながら頷いた。
一郎「そうかぃ。あん時ゃ俺も葵咲に、それからお前にも世話んなった。俺からもちゃんと礼言ってなかったな。ありがとよ。」
松本「私は何もしていませんよ。」
葵咲は間に挟まれながら二人を交互に見やる。華月楼へ潜入捜査していた頃には想像出来なかった光景だ。葵咲は酒の入ったグラスをそっと口に付けながら笑顔を零した。
と、ここで、そんな穏やかな空気を脅かす珍客が襲来。
月詠「おい一郎兵衛~…。なーに逃げてやがんだ?」
一郎「ヤベッ、もう見付かっちまった!」
一郎兵衛の背後に酔いに酔った月詠が現れた。次の瞬間、月詠は一郎兵衛の首根っこを掴む。
月詠「さっさとこっち来て酒つがんかい!!」
一郎「・・・・・。」
一郎兵衛は観念した様子でされるがまま。月詠は酒瓶をグビグビ飲みながら一郎兵衛をズルズルと引きずって行った。
流石の葵咲も酔っ払い月詠に物申す事は出来ず。一郎兵衛を助ける事も出来ず。合掌のポーズで一郎兵衛を見送るしかなかった。
そんな彼らを見送りながら、松本は葵咲へと言葉を投げ掛ける。
松本「華月楼にいた時、彼が沢山の女性客を相手していた事、主に私から客を奪い取っていたワケを、ご存知ですか?」
葵咲「確か少しでも早く、多くのお金を稼ぎたいって…。」
葵咲は記憶を辿るように、顎に人差し指を当てて空を仰ぐ。そして思い出した記憶のままを松本へと返した。それを聞いた松本はクスリと微笑を零して首を横に振るう。
松本「それは表向きの理由…。いえ、単なる建前でしょうね。」
葵咲「え?」