第111章 酒を酌み交わす事の意義。
松本「葵咲さん。貴女の事、もっと聞かせてもらえませんか?」
葵咲「えっ?」
ドキリ。
間近で見る端正な顔立ちに葵咲の鼓動は高鳴る。その綺麗な顔をこうして近くで見るのは華月楼の時以来かもしれない。葵咲がその顔に見惚れていると、松本が顔を離して言葉を続けた。
松本「あの時は…華月楼でお話ししていた時は“仕事として”貴方の事を詮索するような真似はしませんでした。ですが今は、私個人として貴女を詮索したい。貴女の事を、もっと知りたいのです。」
葵咲「えっ!?あの、えっと…。」
スッと向けられる綺麗で真剣な眼差しに、葵咲は再び言葉を失う。決してからかわれているわけではない。それはその瞳に宿る光を見れば分かる。故になおのこと、急に持ち掛けられた言葉に何と返して良いのか言葉を失うのだった。
困ったようにあたふたとする葵咲には、擦れていない初々しさを感じる。もう少しいじめたくなる気持ちもあったが、松本はクスリと笑みを漏らして葵咲へと助け舟を出した。
松本「いきなり全てをとは言いません。少しずつで良いですよ。」
葵咲「は、はい。」
そんな事を真正面から言われたのは初めて。気恥ずかしくなった葵咲は頭からフシューと湯気を出し、顔を赤らめて視線を下に落とした。
そんな二人の様子に気付いたのか。葵咲の隣へとドンと腰を落とす者が。
「おいおい。な~に抜け駆けしてやがんだ?」
葵咲「一郎君。」
声の主へと目を向ける葵咲。隣に座ったのは一郎兵衛だった。だがそんな一郎兵衛の指摘に全く動じず、目を瞑りながらフフンと答えるのは松本だ。
松本「あの手この手で先に抜け駆けしようとしてたのは何処の誰です?」
一郎「ぐっ。うっせー。」
葵咲「?」
色々と心当たりがある。入れ替わりの薬に惚れ薬。一郎兵衛は言い返す言葉がない。勿論松本はその所業の全てを知っているわけではないが、一郎兵衛の性格から予想を付けたのである。