第108章 心霊スポットには身代わり人形が必須。
「あの時は…。華月楼に通っていた時は主人と上手くいっていなくて…。ずっとレス状態だったんです。」
葵咲「!」
初対面に近い間柄でそんな赤裸々な話を聞いて良いものなのか、葵咲は頬を染めながら言葉を詰まらせる。女性は葵咲からの返答は求めていなかったのか、そのまま話を続けた。
「家の事に追われて、でも家の中に居場所はなくて…。かといって遠い場所へ逃げる勇気も無い。それで私は華月楼に癒しを求めに。救いを求めに通っていたんです。」
年齢は葵咲より少し上ぐらいだろうか。よくよく見ると女性はとても良い着物を着付けている。育ちの良さそうな仕草等からどこかのご令嬢だと見受けられた。そんな家柄であれば共働きの必要もなく、奥方として家での仕事をこなすのみ。
働かなくて良い生活というのは一見楽なようにも感じるが、家での生活が上手くいっていなければ、そこは牢獄と化してしまうだろう。それを察した葵咲は寂しい表情を浮かべて視線を落とす。
葵咲「そう、だったんですね。」
「松本先生はそんな私の話を親身になって聞いて下さっていました。最初は主人とのレスの生活に苦しんで、女としての自信を得たくて、身体の繋がりを求めて訪れた華月楼だったけれど、先生に出逢って。本当に求めているのは身体の繋がりなんかじゃないって事に気付いたんです。本当に求めていたのは、心の繋がり。主人と離れていたのは身体だけじゃなくて心もそうだったんだって事に気付かされて。」
葵咲「・・・・・。」
「だから、あの時は貴女に先生を取られてしまったら…。そうなってしまったら、私の拠り所は何処にもなくなってしまうと…怖くなって・・・・。貴女に酷い事をしてしまいました。本当にごめんなさい。」
葵咲「いえ。」
彼女の気持ちは何となく理解出来た。孤独との闘い、それは想像以上に辛いものだ。そんな中で出逢えた菊之丞という拠り所。唯一の支えである彼が別の女に取られると思うと、崖っぷちに立たされた気持ちになった事だろう。葵咲は彼女の想いに共感しながら頷いた。