第105章 備えあれば憂いなし。
遡る事数週間前、萩の取調室。
取調室と言っても警察署にあるようなしっかりしたものではない。場所は病院内だ。搬送された当時より回復しているとはいえ、まだまだ入院が必要な状態との事で院内で行なわれる事になったのだ。萩には警察病院はない為、厳重な警戒態勢の中、院内の一室で取り調べが始まった。
取り調べを行なっているのは見廻組の隊士である。
「薬の研究は?いつから始めてた?」
緒方「さぁ。いつでしたかねぇ。」
詰め寄る隊士にも物怖じせず、緒方はヘラヘラと言葉を返す。そんな緒方の様子を見て苛立つ隊士。イラつく気持ちを押さえて質問を重ねる。
「じゃあ鐡の連中と接触を始めたのは、いつからだ?」
緒方「覚えてませんねぇ。何分、最近耄碌(もうろく)してきてるもので。」
「貴様…っ。」
あまりの態度の悪さに堪えきれず、とうとう隊士はキレて緒方の胸倉を掴む。一瞬カッとなったものの、胸倉を掴んだ際には我に返ってそれ以上の暴行は止めた。
隊士が歯噛みしている様子を部屋の外の小窓から見ていた松本は、何かを考え込むように眉根を寄せる。そんな松本には構わず、隣で様子を見ていた佐々木が小さくため息を漏らす。
松本「・・・・・。」
佐々木「これは骨が折れそうですね。」
そんな佐々木の言葉を聞いてか聞かないでか、松本は佐々木へと目を向け、話し掛けた。
松本「佐々木さん、彼の年齢はお分かりになりますか?」
佐々木「資料は萩(こちら)にはないので、江戸に帰らない事には。ですがあの口振り、以前貴方が言っていたように外見以上とは推察されますね。」
松本「私も同じ事を感じました。」
“耄碌(もうろく)してきてる”その言葉に引っ掛かりを感じた佐々木と松本。若い世代ではあまり使わないフレーズだろう。その事から緒方の年齢は見た目以上と推察したのである。松本は緒方へと目を向けて少し考える素振りを見せた後、再び佐々木へと向き直った。