第103章 世界は広い。
緒方は侍ではない。運動神経も然程良くないのだろう。二人が瞬時に取った行動に気付いたのは、葵咲が自分の手から離れてからの事だった。気付いた緒方は痛みに堪えながら振り返り、土方、桂、葵咲の方へと目を向ける。その時にはもう土方は既に葵咲の腕に巻かれていた紐を切り解いていた。
土方「無事か!?」
葵咲「土方さん!太郎ちゃん!ありが・・・・あっ。」
自分の身を案じて救出してくれた二人に謝礼を述べようとする葵咲。歓喜に満ちた表情を浮かべていたが、ここで ある事に気付いた。葵咲はその瞬間顔を曇らせる。そして…
葵咲「か、桂ァァァァ。」
土方「いや無理が見えすぎだろーが!もうバレてんだよ!!ひとまず今は休戦中だ。」
葵咲「あ、そうなんだ。」
今や真選組に身を置く葵咲にとって、攘夷志士である桂は宿敵。そんな相手に対して『太郎ちゃん』と呼ぶのはご法度だろう。その事を気にして慌てて言い換えた葵咲だったが、時すでに遅しだった。
いや、そもそも色々バレている。その事を土方は指摘するが、今はそんな事を言っている場合でもない。その空気を読んだ葵咲はホッと胸を撫でおろし、改めて二人に向き直った。
葵咲「二人とも、ありがとう。」
桂「うむ。お前が無事で何よりだ。」
少し緊張がほぐれる地下実験室。だがそんな空気は一瞬で流れ去る。その空気を煙たがるように、緒方が眉をひそめてため息を吐いた。
緒方「仕方ない。実験は後にするとして、先に片付け作業といこうか。」
次の瞬間、緒方は懐からまたもや注射器を取り出し、自らの腕へと突き刺して薬品を投与する。そして投与されたと同時に自らの身体は硬化し、大きく形態を変えた。
松本「なっ!」
緒方「私もあの方のように…あの方と同じ場所にィィィィィイイイ!!」