第103章 世界は広い。
- 葵咲サイド -
地下室の更に奥へと到達した緒方と葵咲。室内は薄暗くてよく見えないが、こちらも何かの研究施設のようだ。様々な動物、虫、植物のホルマリン漬けが安置されている。見ただけで身の毛がよだつ程の薄気味悪さだ。緒方は葵咲を下ろしてその手を引く。
葵咲「離して…っ!」
勿論手を離してはくれない。更に奥へと連れて行かれそうになったその時、土方と桂が追い付いた。
土方「緒方ァァァァァ!!」
声を聞いた緒方は至極嫌気の差した顔を浮かべる。そして一つため息を吐き、葵咲を人質取った態勢で、くるりと振り返った。
緒方「やれやれ。流石は肉体労働者。到着が早かったね。」
土方「葵咲を放せ。」
緒方「おや、嫌味も通じない脳筋さんかな。素直に言う事を聞くとでも?」
予想していた返しに、土方と桂は身構えながらも緒方に近寄ろうとする。だがそれよりも先に緒方が動き、所持していた注射器を構えて葵咲の首元へと当てた。
緒方「おっと。動かない方が良いんじゃないかな?君達が動くと吃驚して手元が狂っちゃうかも。」
土方「てめぇ…!!」
勿論、注射器の中身は空ではなく何らかの液体が入っている。その事を目にした土方達は、たちまち動けなくなった。この工場で、しかも緒方が扱っている薬となると村民達を異形種に変えた薬品か。葵咲をあんな異形種変えてしまうわけにはいかない。二人は緒方を睨みながら下唇を噛んだ。
両者動けず睨み合っていると、ようやく松本が追い付いて来た。
松本「緒方先生!」
緒方「…貴方は。松本短英先生、でしたかね?」
松本「! 私の事を覚えて下さっているとは。」
松本の姿を捉えた緒方は彼の名を呼ぶ。その事に松本は目を丸くした。
たった一度、彼の執刀する手術に立ち会っただけ。しかもその手術では挨拶以外、特に会話はしなかった。他にも医学会の会合で何度か遭遇した事はあるが、言葉は交わしていない。まさか自分の事を覚えているとは思ってもみなかった。
松本があっけに取られていると、緒方はにっこりと微笑を向けた。
緒方「医者の中でも君は僕と同じ思考の持ち主だと思っていたのでね。君も研究してただろう?新しい薬。」
松本「・・・・・。」
ああ、なるほど。同じ穴の狢(ムジナ)と思われていたのか。その事に松本は嫌悪感を抱いた。