第96章 神は乗り越えられる試練しか与えなくても、人は与えてくる。
まじまじと見られてきょとんとしてしまう葵咲。葵咲が目を瞬かせていると、緒方はにっこり微笑んで二人に背を向けて歩き出した。最後の一瞥はよく分からなかったが、立ち去ってしまった本人に訊くわけにもいくまい。とりあえず葵咲は母親へと向き直って言葉を掛けた。
葵咲「念の為、私達は別の場所を探してきましょうか?」
母親「有難うございます。ですがお気持ちだけで。緒方先生がああ仰るんですもの。工場に間違いありませんし。」
葵咲「?」
母親の表情からは、先程までの深刻さは消え去り、安堵したような温かみが。そして母親はそのまま、この場から立ち去ってしまった。
何か違和感を感じる。葵咲は眉根を寄せて銀時へと話し掛けた。
葵咲「…えらく信頼されてるね。先生って言ってたけど学校の先生かな?」
銀時「それにしてもちょっとおかしくね?」
葵咲「そうだよね、お子さんがそっちにいる確証はないわけだし…。」
緒方が工場でその子どもを見掛けたというならまだしも、未確認の状況である。仮に見掛けていたとしても、母親なら迎えに行くのではないだろうか。それを信頼のおける先生とはいえ、他人に任せるだろうか。
何か嫌な胸騒ぎを感じる。葵咲は少し考えた末、銀時へと向き直った。
葵咲「…やっぱり私、工場の方見てくる。銀ちゃんは先に帰ってて。」
銀時「いや、俺も行くわ。あの工場はなんかヤベェ臭いがする。ヅラも呼んで三人で向かうぞ。」
葵咲「分かった。」
珍しく銀時も真剣な表情を浮かべている。これは本当に深刻な状況なのかもしれない。銀時と桂が同行してくれるというなら安心だ。それに仮にそういった心配がないとしても、子どもを探すのであれば人手は多いに越した事はない。
二人は桂を呼ぶ為、一度宿屋へと戻る事にした。