第96章 神は乗り越えられる試練しか与えなくても、人は与えてくる。
“緒方先生”と呼ばれた男は、地味な焦げ茶色の着物に薄いベージュの羽織を身に纏っていた。身長はそれほど高くない。山崎や妙と同じぐらいの高さだ。髪は長髪、葵咲より少し長いぐらいの長さで左の首元でまとめている。色は灰色。毛先は黒く、白髪交じり、というべきなのだろうか。その髪は男性を老けて見えさせる。
また、渋めの地味な装いや、にこにこと穏やかなその雰囲気は貫禄があるようにも見えて、自分達より大分年上にも感じた。だがよく見ると肌の張りや皺の具合から、恐らく自分達より少し年上ぐらいだろうと推察される。その貫禄を銀時に少しでも分けてやって欲しいと葵咲は思った。
葵咲と銀時は二人の会話に入れず、緒方と呼ばれる男と母親との会話がスルスル進む。
緒方「行先に心当たりは?」
言われて母親は視線を地面へと落とし、深く考える素振りを見せる。そして何かを思い出したように顔を上げた。
母親「…あ!あの子、工場の事気にしてたから一人で見に行ってしまったのかも…。」
緒方「あぁ、そういえば何人かの子どもが工場を遊び場にしていると聞いた事があります。僕が見てきましょう。」
母親「そんな、先生のお手を煩わせるわけには…。」
母親は慌てて頭を振る。だが緒方はにっこり微笑みながら言葉を返した。
緒方「構いませんよ。今からちょうど、そちらの方面に行くところでしたので。」
母親「そうですか?ではお願いして宜しいでしょうか。」
緒方「お任せ下さい。では僕はこれで。」
完全にアウェイな葵咲と銀時。二人を取り残して会話は終了してしまった。まぁ元より、この地の人間ですらない葵咲と銀時は全くの部外者。仕方ないといえば仕方ないのだが。
緒方は母親に軽く会釈をし、葵咲達の方にチラリと目をやる。だがその視線は葵咲の方だけに向いており、銀時には目もくれなかった。
葵咲「?」