第93章 世間は狭い。
これと言って他に行き先も見付からなかった三人は長谷川の提案に乗る事に。長谷川はタクシーを走らせ、松下村塾があった場所へと向かう。そうして数十分後に到着。
ここでも長谷川は一人、車で待つ事に。想い出の地訪問に部外者が居ては水を差してしまうというもの。幼馴染三人が心行くまでゆっくりと過ごせるよう、自分には気を遣わないで良い旨を伝え、長谷川は三人を送り出した。
松下村塾跡地に足を踏み入れる三人。攘夷戦争の折、その学び舎は燃えてしまって三人が過ごした建物はそのまま残っているわけではない。火事場の後のように所々面影があるだけだ。だが取り壊されたりもしておらず、新しい建物が建てられたりはしていなかった。塀もそのまま。焼け跡の残る廃墟に目を向け、葵咲は目を細めて想い出に浸る。
葵咲「懐かしいなぁ~…。」
桂「戦争時の大火で、ほとんど焼け落ちてしまったがな。」
葵咲「・・・・・。」
桂の一言に、シュンとしてしまう葵咲。デリカシーのない一言に、銀時が桂をバシッと小突いた。気を取り直して跡地散策。そして何かを見付けたように葵咲が声を上げた。
葵咲「あ!見て!あの桜の木!あれはちゃんと残ってたんだね。」
そう言って大きな桜の木の元へと駆け寄る葵咲。葵咲の背を追い、銀時達も桜の木へと歩み寄る。
葵咲「変わらないモノがある、残っててくれるのって良いよね。」
銀時「そうだな。」
葵咲の温かい言葉に銀時と桂も自然と顔がほころぶ。葵咲は微笑を浮かべて二人の顔を見た。
葵咲「春には綺麗な花、咲くのかな?」
銀時「こうして葉をつけて木が残ってんだ。昔と同じように満開になるんじゃねーの。」
葵咲「うん。その頃にまた来たいな。」
そうして三人はそれぞれ物思いにふけりながら桜の木を見上げる。残念ながら今の季節は秋。花は咲いていないが、葉が綺麗に彩っている。三人は当時の自分達を想い出すように懐かしい目で木を見ていた。
桂「皆この樹の周りによく集まっていたな。」
葵咲「ねー。銀ちゃんはこの樹の陰からよく見ててくれたよね?」
銀時「余計な事まで思い出してんじゃねェェェェェ!!」
そう、銀時の初恋の相手は葵咲。当時の銀時は葵咲に話し掛けられずにこの木の陰から葵咲の事を見つめていたらしい。