第89章 恋をしている時は、全てにおいて奇跡や運命に紐づけてしまう。
一方、葵咲の手料理を口にした桂は感嘆の声を漏らす。
桂「しかし、本当に葵咲は見違えるようになったな。綺麗になっただけではない、こんなに美味い食事が作れるようになっているとはな。あの頃には考えもつかなんだ。」
葵咲「そんな…褒めすぎだよ。」
桂「いや、世辞などではない。葵咲は良い花嫁になる。俺が補償しよう。」
葵咲「…ありがとう。」
その誉め言葉自体は嬉しい以外の感想はない。だがその発言は何処か他人事で、決して自分の嫁にという意味ではない事が伝わってきて、葵咲の胸はチクチクと痛んだ。
だがそれを今表に出すわけにはいかない。ただのウザイ女になりたくない。
葵咲は表情を改めて言葉を紡いだ。
葵咲「でもね、昔は本当に不器用で料理なんて全然ダメだったんだよ。作ったご飯はマズイって言われて。」
桂「失礼な輩だな。何奴だ、そいつは。俺が粛清してくれよう。」
葵咲「あはは。でも、マズイって言いながらも…それでも・・・・。」
そう言いながら葵咲は目を細め、遠い昔を想い出すような素振りを見せる。だが懐かしむような表情から変化を施し、少し陰りが差した。そんな葵咲をじっと見つめる桂。その桂の視線に気付いた葵咲は慌てて我に返って首を横に振った。
葵咲「あ、ううん、何でもない!」
桂「・・・・・。」
それ以上は語らず、言葉を飲み込んでしまう葵咲だったが、それに対して桂は目を瞑り、少し俯き加減で葵咲の会話を引き継いだ。
桂「・・・・止まない雨はない。」
葵咲「え?」
桂「例えどんなに辛い事があろうとも、乗り越えた先には必ず道は切り開かれている。雲間から光差す時は必ず来る。」
葵咲「!」