第89章 恋をしている時は、全てにおいて奇跡や運命に紐づけてしまう。
葵咲の説明を聞いて、辺りを見渡す桂。そして桂は何かを見付けたように、その方向へと指差した。
桂「いや、そうでもないぞ。」
葵咲「?」
桂「あそこなんてどうだ?紫陽花の花からは少し離れてしまうが、雨も凌げて花を見ながら食事が出来る。」
そこは公園の休憩所。よくある三角屋根にベンチとテーブルが備え付けられたスペースだ。確かに桂の言うとおり、紫陽花の花畑からは少し離れてしまうが、決して見えない位置ではない。むしろテーブルとイスで食事が出来る為、レジャーシートを敷いて食べるよりも良いかもしれない。桂の提案に葵咲は笑顔で頷いた。
二人が休憩所で弁当を広げる姿を、勿論銀時達も木陰から見ていた。こちらも相合傘で。葵咲は嬉しそうな笑顔を浮かべ、桂と談笑しながら弁当を食べている。それを見た一郎兵衛は眉を寄せて視線を逸らし、葵咲達に背を向ける。
そして傘を銀時に預けて歩き出した。そんな彼に銀時は少し苛立った様子で言葉を投げる。自分を巻き込んでおきながら、この期に及んでこの場を立ち去るという身勝手な行動に腹が立ったのだ。
銀時「おい?」
一郎「悪ィ。ちょっと厠行ってくるわ。ついでになんか飯買ってくる。食いてぇもんある?」
銀時「…いや。」
一郎「じゃあ何か適当に弁当でも買ってくるわ。」
銀時「・・・・・。」
銀時の苛立ちはすぐさま何処かへ飛んで行った。一郎兵衛の何とも言えない苦悩の表情を見て、その気持ちを察したのだ。銀時はフゥと一つため息を吐いて、再び葵咲達に目を向けた。
一郎兵衛は水族館の方まで戻り、厠のある建物に入る。そして横壁にダンッと拳を叩いて俯いた。
一郎「…なんで、なんで俺じゃねーんだよ…。」
自分の為だけに作って欲しいと頼んだ弁当。それが別の男に渡された。自分の巻いた種であるとはいえ、全て自分にその仕打ちが返ってきている事に、一郎兵衛は悔しさのあまりその場にしゃがみ込んだ。