第89章 恋をしている時は、全てにおいて奇跡や運命に紐づけてしまう。
メインホールを抜けると、そこは出口。人混みを抜けた事で、桂は繋いでいた手を離した。
葵咲「あ…。もう終わり…なんだ…。」
桂「ん?」
思わず離された手について言葉が口から出てしまった。だが流石にまだ繋いでいたいとは言えず、葵咲は慌てて両手を振って誤魔化す。
葵咲「いや!あっという間だったなぁって。」
桂「またいつでも来れるではないか。」
葵咲「うん、そだね。」
それ以上言葉は返せない。葵咲は複雑な表情を浮かべるが、桂はそれには気付いていない様子。葵咲の表情よりも、預かっていたバスケットが気になるようだ。桂は手に持っていたバスケットに視線を落として質問を投げ掛けた。
桂「それはそうと、この荷物は何だ?」
葵咲「あ、ごめん、ずっと持たせっぱなしだったね。」
桂「いや、それは構わんが。」
葵咲「あのね、それはね、今から外で…。え?雨…?」
説明をし終える前に、ふと視界に入った外の様子が口をつく。
雨だ。
梅雨のこの時期の雨は仕方ないとはいえ、しとしとと降り注ぐ雨に残念そうな眼差しを向ける葵咲。そんな葵咲に桂は笑顔を向けて語り掛けた。
桂「心配するな、俺が傘を持っている。」
そう言って桂は袖の下から白い折り畳み傘を出して広げた。その傘は広げるとエリザベスの顔が描かれている。一体何処で入手したのやら。その事については誰も追及する者がこの場にいない為、サラリと流されてしまうのだが、桂は葵咲の頭上にスッと傘を差し伸べた。
葵咲「え?いいの?一緒に入って…。」
桂「俺だけ入ってどうする。濡れたら風邪を引くぞ。」
葵咲「ありがとう。」
恋しい相手と肩を寄せ合う相合傘。これ以上嬉しいものはない。葵咲からは先程までの残念そうな顔は消え、至極嬉しそうな表情に変わった。二人は傘で雨を凌ぎながら歩み出す。そして葵咲が先程の言葉の続きを話した。
葵咲「あのね、これ、お弁当作ってきたの。大江戸水族館の周りは今紫陽花が見頃って聞いたから、そこで一緒に食べるのもありかなーって。でも、この雨じゃ無理だね。」