第89章 恋をしている時は、全てにおいて奇跡や運命に紐づけてしまう。
あくまで今日の葵咲からの誘いは自分に何か相談事があっての事だと思い込んでいる桂。その事を知らない葵咲だが、突拍子のない桂の見解に慌てて首を横に振る。
葵咲「ち、違うよ!これはもっと昔から!市村の家にいる頃からなの。」
桂「!」
思わぬ回答に桂は目を丸くして静かに耳を傾ける。葵咲はそっと優しい微笑を浮かべて桂を見上げた。
葵咲「真選組の皆はむしろ気遣ってくれてるんだよ。食洗器とかゴム手袋とか買ってくれたり、個人的にハンドクリームプレゼントしてくれる人もいて。この手荒れは、市村家に居た時からの名残。あの時家事は全部私がしてたから。」
前半は素直に頷ける内容だった。だが後半は少し疑問が浮かぶ。それを桂は片眉を上げながら言葉にした。
桂「だがお前、市村家にいたのは幼少期から十代の頃ではなかったか?奥方もいたであろう。いや、あの名門市村家、家政婦の一人や二人いたのではないか?」
葵咲「・・・・・。」
桂からの質問に口を噤んで俯いてしまう葵咲。その表情は重く、暗く。とてもじゃないが追及出来る様子ではなかった。その事に気付いた桂は優しく言葉を紡いだ。
桂「…すまない、少し踏み込みすぎたな。無理に話す必要はない。」
葵咲「…ありがとう。」