第85章 やましい事は顔に書いてある。
葵咲がきょとんとした表情で一郎兵衛を見つめていると、今度は一郎兵衛の方が軽くため息を吐き、言葉の補足を行なった。
一郎「花魁やってて指輪なんかあげらんねーだろ。まぁ華月楼入る前も、絵と役者の勉強ばっかだったからな。貰う事はあっても、誰かに何かプレゼントした事なんてねーや。」
葵咲「!」
意外な一面に思わず目を丸くする葵咲。一郎兵衛は見た目ほど派手なタイプではなく、案外 根は真面目なようだ。いわゆるギャップ萌えというやつかもしれない。そんな彼に惹かれる女性は数多くいることだろう。
あまりのギャップに葵咲が返す言葉を失っていると、少し慌てた様子で一郎兵衛が更に言葉を付け加える。
一郎「あ。流石に指輪貰った事はねぇぞ。」
そして葵咲はふと我に返り、素朴な疑問を口にした。
葵咲「じゃあなんで…。またからかってんの?」
今の話の内容では一郎兵衛は恋愛に対して真面目である印象以外ない。そんな彼が葵咲にはグイグイと迫る様子を見て、その発言と行動の合わなさに抱いた疑問だった。
真剣に小首をかしげる葵咲に、一郎兵衛はクスッと笑みをこぼして答える。
一郎「オメーはホント、俺の言葉信用しねぇのな。後にも先にもお前だけだよ、指輪あげてぇなんて思ったのは。」
葵咲「!」
一郎「でもまぁ、確かにそれは急ぎすぎだし、とりあえず今はお前が欲しいもんプレゼント出来りゃそれでいいや。どうしても見付からなかったら飯奢るのでもいいぜ。」
これが彼の本心なのだろう。真面目に自分の事を想ってくれている、それがひしひしと伝わって来た。そんな一郎兵衛の気持ちに応えられるかは分からないが、誠意を持って向き合いたいと思った。